わたしたちの窓辺は街のネオンサインがきらめいてジェリービーンズをこぼしたときのように鈍く光っていた。
家出してる時ってこんな感じなのかなって思ったせつな永嗣が言う。
「俺ら家出カップルの雨乞いの気分やな」
ぽつっと永嗣が夜のバスの中に声を落とした。
こころを読まれたのかと思ってどきっとしながらも、それでも若い時にぜんぜんするするしたいしたいって言いながらできなかったな家出のことなんかを思ってた。
父親との二人暮らしが嫌いで、いつかいつかと一大決心したはずなのに、この一歩が踏み出せなくて、ただただ街をぶらついて帰宅時間を遅らせては叔父の源治さんの家に転がり込んで夜をいっしょに過ごしていた。
「なんでわかるの? わたしの考えていたこと」
「そんなん簡単やん。ずっと亜梨ちゃんとおったから。アボリジニの人なんて夫が狩りに出ていっても今日は収穫がなかったらそれを見越していろいろと、夜のご飯になりそうなものを採りに行ったりするらしいで。なんかに書いてあってん。想念はインターネットより早いって。世の中そういうもんやって」
指定されていた駅は、<虹島>。ここに<夏坂壮>というアパートがあって、そこに住んでいるのが花島ハルコさんという女性らしかった。
辿り着いちゃったよって感じでふたりで108号室の前に立つ。
緊張する。どういう間柄の人かもわからないしって思って扉を見ると、プレートにハナシマハルコって色とりどりのカラーアルファベットが貼られていた。
とんとんするのどっちにする? ってふたりでもめてたら、向こうからドアが開いた。
「えっと、あなたたちかな? 源治さんの姪御さんとあなたは彼氏さんね。彼氏さんっていうんでしょ。いつか使ってみたかったのふふ。同じアパートの女の子に聞いたのよ。あらごめんなさいわたしハルコっていいます」
どういう展開なのかわからないふたりは、目をあわせて不自然に笑いながら。
互いの名前だけ名乗って自己紹介した。
「そんなところ突っ立ってないで、ほら入ってよ。でもすぐでかけるけど」
ほがらかでちょっとせっかちなないわゆる素敵にお年を召した女性ハルコさんの部屋に入る。ふわっと白檀の匂いがして、こぎれいに片付いていた。
どんとテーブルの上に<アクエリアス>が2本置かれた。飲んで飲んで。麦茶とかじゃなくてごめんね。
じろじろみないように部屋を見渡す。どこかに源治さんの証がないかと。
でもふしぎだったのは壁一面にはりめぐらされた新聞の広告だった。
わたしがじっとそれを見ていると、ハルコさんが気づいてくれて、あ、それね。おばちゃん好きなのよ。元素記号。だってさ、理由はあとあと」
永嗣もその話題に乗っかりたそうで「えっと、じゃあリケジョなんですか」って聞いたらその意味がわからなかったのかなってくらいの間があって、急に腑に落ちたみたいに、永嗣の肩をばしっと叩いて違うわよちがうちがう、そんなんじゃないのって言いながら、ちょっと着替えてくるから待っててねって声がフェードアウトしながら、もうひとつの奥の部屋へと消えた。
永嗣はさっき叩かれた肩のあたりをさすってる。めっちゃスナップきいてはるねんハルコさん。
「亜梨ちゃん、きつねきつね」
「え?」