アパートに着いた時は、なんか永嗣は、生き生きとしていた。なにかっていうとポジティブな問題解決型、まるでアスリートなのだ。問題上等やないかって感じだ。源治さんいなくなりはったんか? って。私の目をじっとみてる。ほんでなききにくいんやけどって永嗣が話始めた時にわたしはぴんときた。
それはない。
え?
だから、それはないって。源治さんが認知症気味かどうかって話でしょ。
なんでわかるん?
なんかわかったん。
こわいなぁもう。亜梨ちゃん。
亜梨ちゃんって声、久しぶりに聞いた。安堵している場合じゃないのに、頼りたい気持ちが満ちてゆくのがわかった。わたしの背中辺りに永嗣がいる。
そのノートを開いたのは永嗣だった。わたしの背中辺りで事実がわかるのだ。緊張していたら、「これ、モレスキンのノートやん」って声がした。
源治さんは大昔、デザイナーをしながらちいさな広告プロダクションを経営していた。ほんとうに下請けの下請けだったけど。だからステーショナリーにはその後も好きな物しか使わなかった。
永嗣が静かだった。その静けさが怖くてなんか声にしてほしかった。
早くしゃべってって言おうとしたら永嗣が口を開く。
なんかしらんけどバスに乗れって書いてある。
え? って素っ頓狂な声を出す。
わたしは想像していた。たぶん遺書に近いものかもしれないと。
でも違うみたいだった。これってなんかの行き先みたいやでって再び永嗣の声。こういう切羽詰まってる時に永嗣の関西弁に腹が立つのと同時に救われてもいた。
それでな、なんか女の人の名前も書いてある。
女の人? 源治さんのすきなひとかな?
かな?
かな? とか言ってる場合ちゃうやろ。行こ、まず行こ。警察に居なくなったとか言う前にこの人に逢ってみよう。
わたしの叔父が行方不明だというのに、永嗣はすでに楽し気だった。
梅雨だというのに雨も降らない日々が続いていた。あの日源治さんがしてくれた話をぽつぽつと思い出す。
<虎が雨>だったっけ。不吉な話を前日に聞いたことがほんとうにならないように、わたしはぜったい<源治の雨>なんて名前を浮かばせないように必死に忘れた。忘れようとすれば忘れようとするほど、くっきりと浮かんできそうだった。
永嗣とふたりで深夜バスに乗った。いつもとは反対方向行きのバスだった。