『一寸で生まれた男と、桃から生まれた男が相対したとして』
瑠春
(『桃太郎、一寸法師』(岡山))
とある日、一寸法師が訪ねたその先は同じく鬼を退けた桃太郎。噂にない美男子具合に驚きながら、一寸法師は気まずいながらそれを問う。「君は罪のない鬼を退治した悪人なのか?」英雄であるはずの桃太郎。しかし、現在彼を渦巻く悪評に、一寸法師は己の抱える問いへの答えを求めてきたのだった。
『時と夢の旅人』
田村瀬津子
(『浦島太郎』)
姉の夫の晃を見舞うために帰郷している千絵。脳の病に倒れた義兄は意識不明の状態が続いているものの、姉も子供たちも毎日を懸命に生きている。義兄は安らかな眠りについたまま、時と夢が交錯していくはるか遠い次元で永い旅を続けているのだった。
『アカマツの下で』
茶飲み蛙
(『つらしくらし』(岡山県))
東京の会社を退職した吉田は実家岡山に帰ってきた。幼馴染に誘われ同窓会に出席したが、退職したことを言い出せないどころか、虚栄を張ってしまう。その帰り道、奇妙な場所に迷い込み、そこで元カノ涼香と邂逅する。彼女の言葉で前を向いた吉田は、新しい会社に挑戦するため、岡山を後にした。
『美知しるべ』
アズミハヤセ
(『かさじぞう』)
存続の危機にある養護施設。支援に奔走する秋吉は偶然に卒業生の晴生の姿を見かけた。晴生は何故か朽ち果てた地蔵小屋の掃除をしていた。ひとりで始めたその活動は少しずつ共感を呼んでいく。秋吉も施設の子供たちを連れて掃除を手伝うのだが、それが大きな輪となり、地蔵が微笑みを返してくれる。
『城のある町の怪談』
森本航
(『豆腐売りの人柱伝説』(香川県丸亀市))
壮大な石垣と小さな天守を持つ丸亀城には、いくつもの怪談がある。近くの高校に通う由香里は、友人から、その怪談の一つ「豆腐売りの人柱」と同じような現象が最近、城内で起きているという噂を耳にする。しかし、そんなありきたりの怪談よりも由香里の頭を悩ませていることがあった……。
『和三盆を食べる』
伏見雪生
(『駆込み訴え』)
家庭を省みなかった父親の死以降、呆けた母親は父親の遺骨を模した和三盆を食べ続けている。母を見守って暮らす「私」のもとに、突然訪れたとある男。男は父親に貸しているものを取り立てにやって来たのだと言う。男の語る父の思い出話を聞き、アルバムをめくるうちに、「私」はある一つの事に気づく。
『ははきぎ』
サクラギコウ
(『帚木』(長野県阿智村園原))
僕の人生はすっかり狂ってしまった。あれほど憧れていた都会の生活だったが、コロナ過となり孤独で悲惨な生活を送ることになった。すぐに収まると思っていたコロナも収まるどころか先の見えない生活が続き、僕から就職先も普通の生活も奪っていった。絶対に戻りたくないと思っていた故郷へ一時帰郷をすることになるが、更に驚く事態に直面する。
『古寺の怪』
A. Milltz
(『耳なし芳一』(山口県など))
江戸時代。とある峠で、行き倒れの若者を助ける男。日が暮れ、道に迷った二人は古寺を見つける。中には芳一と名乗る僧が独り。その夜、平家の亡霊に襲われ、這う這うの体で逃げ出す男。それから幾日後、今度は女衒と娘が同じ峠で若者に会い、夕闇が迫る中、三人で先を急ぐ。
『もりそばをすする間だけ』
いいじま修次
(『まあだまだわからん』(山口県))
大学生の康彦は、同級生の木下と共に学食で昼食をとっていた。注文したのは好物のもりそば。ところがこのもりそばをすすった瞬間、学食の中に現実ではあり得ない光景が広がった――