『グロキシニアの火』
菊武加庫
(『智恵子抄』)
バレエ界の巨匠、高原奏吾の妻が三か月も前に他界していた。区切りをつけるために彼は取材を受けることを決意する。夫妻は結婚生活の殆どを入籍せずに過ごし、その対等に認め、高めあう美しい姿を夫は舞台上で描き続けた。人々の耳目を集めてきた二人だったが、隠された相克があった。
『注文の多いバーマン』
幸村ゆずる
(『注文の多い料理店』)
はじめて訪れた店でバーテンダーとの会話に興ずる男。このところ時代の変化に漠とした不安を抱えていてどこか気分が晴れない。飲み慣れぬカクテルを口にしながら耳を傾けるうち、やがてバーテンダーがとある店について語りはじめる。それは変化に抗おうとした一人のバーマンの話だった。
『夢が浮く、橋を渡る』
行川優
(『更級日記』『源氏物語』)
歴史的猛暑の平成最後の夏を過ごすわたしは、頭の冴えわたるような涼しさを求めて、ネット上のオカルト系掲示板のリンクからあるブログを発見する。そのブログはある一人の女性がかつての友人美恵子と過ごした日々を書いたブログだった。ブログの著者の思いとわたしの思いが次第にリンクしていく。
『親指の。』
かがわとわ
(『王様の耳はロバの耳』)
私が初潮を迎えた日の夜、突然訪ねてきた見知らぬ男性。母方の祖父だというその人は、「今から目にすること、聞くことを、決して他人に話してはいけない」と、語り始める。その人が左手の親指に巻かれた絆創膏を剥がすと、麗しくも奇怪な指の目が現れた。同じ目の子を、私が産む可能性があると言う。