小説

『注文の多いバーマン』幸村ゆずる(『注文の多い料理店』)

「種ちがいの五つ子。そう呼んではいささか下品にひびくでしょうか」
 仕上げたばかりのカクテルを、店名が刻印されたコルク製のコースターへと運びながらバーテンダーが言った。黒いシャツに黒いベスト黒いネクタイと、そのいでたちは自らが黒子であることを主張しているようでもある。
「種すなわちベースとなるスピリッツが異なる兄弟姉妹カクテルです。ジンベースならばホワイトレディ、ウォッカならばバラライカ、ラムであればエクスワイズィー、ブランデーをベースとしたものがいまお作りしたサイドカー、テキーラベースのマルガリータだけはグラスの縁を塩で飾るのですが、五つ子ともなればそうした跳ねかえりもいるというものでしょう」
 バーテンダーの目の前、カウンター席の真ん中に座る男は提供されたサイドカーにさっそく口をつけた。とたんに柑橘類の甘味と酸味が口中に広がり、アルコールの刺激が鼻腔をくすぐる。すっと肩の力がぬけ、くさくさした気分もわずかばかり晴れるようだった。
「うまいね」と男が言った。その素直な感想に、口にした男自身がおどろきあわてて言葉を足した。「でも、種ちがいの五つ子っていうのは変じゃないの?」
「どれも等しく愛すべき子どもたちくらいの意味にとっていただければ」微笑を浮かべていたバーテンダーがその口元だけでほほ笑みの度合いをました。
「マスターいい仕事選んだね」と男。
 カウンターの内に立つバーテンダーは無言のまま「いい仕事」の意味を図るように小首をかしげた。
「ほら、あるじゃない最近」ほかに客はおらずいきおい男の声も大きくなる。日本酒の立ち飲み、焼き鳥屋とすでに二軒の飲み屋をはしごしていたし、はじめて訪れた店でバーテンダーを独占している高揚感もあった。「人工知能やらロボットが進化したらなくなる職業とか、なくならない職業とかってやつ。バーテンダーは残るほうに分類されてたからさ。そりゃそうなんだろうなってまさにいま思ったわけ。こうやって対面でマスターのうんちくを訊きながら酒を楽しむのがバーのだいご味なわけでしょ」
「なかなかどうして近ごろではそうでもないようです」
「どういうことさ」
「最近ではスマートフォンを光らせてカクテルを検索する人も多いですから」
「目の前にバーテンダーが立ってるっていうのに? 画面とにらめっこかい」
「ええ。便利な世の中です」
「会話の妙みたいなものを楽しむのがバーでしょうよ。そうやって知らない酒に出会っていくんじゃないのかい」
 などと口にした男ではあるものの、洋酒のボトルが荘厳と並ぶバックバーに馴染みの銘柄はほとんど見当たらなかった。四十をすぎた身としては、己の無知をつきつけられているようで目をむける気にもなれずにいた。
「まずは自分で調べてみようとする。独立心と探求心のあらわれと見ることもできるのではないでしょうか」
「それはいくらなんでもよく言いすぎだって。だったらカウンターにロボットを立たせておくのもありになっちゃうよ。困るでしょ、マスターだって仕事とられたら」

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