小説

『注文の多いバーマン』幸村ゆずる(『注文の多い料理店』)

「もちろん困ってしまうのですが、回転ずしの例もありますから。とてもバーテンダーだけが安泰だとは」
 男の頭の中をコンベアにのった酒たちがくるくると回る。「たしかに」と思わず口にしていた。
「そのうち人工知能が好みの酒を選んでくれるようになるかもしれませんね。その日の気分とか、よく飲む銘柄とか、もろもろを伝えると最適な一杯をチョイスしてくれる。それとも顔認証で一発でしょうか。いってみたいですね、そういうお店」
「プライドないねえ。自分で選んだ職業でしょうよ」
 突っかかるような口調になったのは、男が仕事に関して漠然とした不安を抱えて店を訪れていたからにほかならなかった。そもそもそうでなければ通い慣れぬバーになどふらりと一人で入る男ではないのである。仕事を首になったわけではない。それでも忍び寄る技術革新の足音は日々たしかに聞こえている。歯科技工士として男が勤める技工所に一台の3Dプリンターが納入されるのは来月のことだった。
「ロボットバーテンダー。おもしろそうじゃないですか。酒を飲むのに気難しい顔をしたマスターなんて目障りだという人も少なくなさそうです」
「自虐的だね」と男。バーテンダーの余裕の態度がおもしろくない。酔いに任せて嫌味をつづけた。「まあ、自覚症状があるのはいいことだ」
「いまのはあくまで一般論です」
「なら自覚したまえ」
ハンと鼻で笑った男が、そのあと一口で酒を飲み干した。空になったカクテルグラスを掲げながら言う。「古き良きバーはどこへいった」
「ハハハ」
「ハハハじゃないよ。お・か・わ・り。気が利かないとほんとに仕事奪われるよ」
 マルガリータのオーダーを受けたバーテンダーが、バックバーからテキーラとホワイトキュラソーのボトルを選びカクテルづくりにとりかかる。流れるような動作だった。無駄のない動きはそれこそ多関節のロボットアームのよう。甲高いシェイク音が小気味よくひびきはじめるとそれまで流れていたはずのBGMが消える。母体であるシェイカーから液体がうまれおち、またたくまに塩で縁取られたカクテルグラスが男の前に供された。精製されたものではなく粒の大きい角ばった岩塩がうすいカクテルグラスの口で白い輪を形成している。
「それにしても、なるほど、にらめっこ。このあいだ知り合いのバーテンダーが嘆いていました。カウンターのお客さんがずらっと並んでスマートフォンの画面とにらめっこをしているって。誰も、カップルですらひとこともしゃべらないそうです。最新式の通夜かと思ったとか。わたしなどそれはそれでしずかでいいと思ってしまうのですが」
 男は想像してみた。うす暗いカウンター、等間隔に灯る手元の光、それに見入る人たち。たしかになにかの儀式のように思えた。
 男の考えを読んだようにバーテンダーが言う。「手にしているものをたとえば本にしてみたらどうでしょうか」
 言われるがままに頭の中で操作してみる。いずれにしろ儀式めいていた。

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