小説

『親指の。』かがわとわ(『王様の耳はロバの耳』)

 母方の祖父には、目が三つあった。
 知ったのは、十三歳の冬。初潮を迎えた日。学校から帰って、血がおりたと母に告げると、慌ただしくお祝い会の準備を始めた。夜になって、食卓を囲む父と母と私。そして、唐突にやって来た初対面の男性。なかなか食事が始まらないのを不思議に思っていたら、両親はこの人の到着を待っていたのだった。
「塔子(とうこ)のおじいちゃまよ。私のお父さん」
 母がわざとらしく声を張って紹介したその人は、グレーの髪で、背筋が伸びた紳士。おじいちゃまと言うより、おじさまと呼びたくなる風貌だった。来るなんて聞いてない。まさか、今日呼んだ? 不思議に思っていると、
「初めまして、ではないんだよ。君が──塔子が生まれて間もない頃、僕は確かめるためにこの家に来ているんだ」
 真向かいに座った祖父は、優しく微笑むと、左手で整えられた(丶丶丶丶丶)無精(丶丶)ひげ(丶丶)をくるりと撫でた。その指先に巻き付いた絆創膏に、私は色気のようなものを感じ混乱した。初めての感覚は、恐怖に近くもあり、打ち消すように無邪気な声を出した。
「確かめに? 何を」
 祖父は微笑んだまま、
「女の子が生まれたと聞いたけれど、本当にそうかって。そりゃあ可愛い子で嬉しかったけど、僕と同じではないということだな、と」
 父と母が目配せするのがわかった。お祝い会が──夕食が始まる前に、大人たちが何かを伝えようとしている。
「いいかい? 今から目にすること、聞くことを、決して他人に話してはいけないよ」
 祖父は、どこかで聞いたお芝居の台詞のような言葉を発した。私の隣に座る母も、斜め前の父も、見たことのない神妙な顔になったが、祖父の顔は穏やかなままだった。
「塔子。秘密にしなければならないのだ。絶対の絶対だ。約束出来るかい」
 私は、静かにうなずいた。だって、ここはうなずくしかなかった。
「ごらん」
 祖父は左の親指を、私の目の前に突き出した。指先に絆創膏が巻きついた、あの指。こちらを見ながら確認するように、ゆっくりそれを剥いでいく。
 ──爪、が無かった。かわりに閉じた瞼が埋まっていた。刹那、睫毛が跳ね上がり、ぱち、と目を開いた。深い二重瞼。碧(あお)い虹彩。なんて……なんて端正で、底知れぬ湖のようなのだろう。こんなに麗しく奇怪なものを、私は見たことがなかった。
「怖いかい?」
「──すてき。私が映ってる。見てるのね」
 両親から、安堵のため息が漏れるのを聞いた。
 誘うように瞑(つむ)った瞼に中指をのせると、目の玉がころころと動く感触が伝わり、同時に下腹が、しくりと痛んだ。そっと指を離すと、応えるように瞬く。
「隠していなきゃいけないなんて。こんなに……」
「普段は手袋や絆創膏で覆っている。精巧な指型サックをつければよいのだろうが、製作を依頼すればバレてしまうからな」

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