『呼吸をするということ』
武藤良太
(『花さか爺さん』)
妻の葬式の夜。妻は私の夢に現れ、あるお願いを言い残した。雪山に咲き誇る桜、優しい微笑、暖かな手、『現実』と『思い出』が私に教えてくれたことは、無意識に呼吸をするという今を見つめる術だった。
『孤児と聖母』
明根新一
(『母子像』)
中学生の「僕」は、父が失踪して以来、女神のように美しい母と二人きりで暮らしている。「僕」は父がいなくなったことに対して悲しさよりもむしろ、母を独り占めすることができるという幸せを感じていた。そんな日々が続いていたころ母が、自身が勤める「夜の店」の常連客を連れてきて……
『種』
もりそん=もーりー
(『変身』)
社会人の田中には捨てきれない夢があった。それは、いつか超能力を身に着けること! 「人間、やれば出来るんだ」と訓練に励む日々だったが、あることがきっかけで間違った方向へ突き進むことになる。
『猫と、僕と杏子の距離』
こさかゆうき
(『猫と庄造と二人のをんな』)
リリーがレズではないかと思いはじめたのは、彼女がうちに来て1 週間が経
ったころだった。リリーは杏子の友達から譲り受けたメス猫で、僕と杏子の1K(27 平米)のアパートに住んでいる。最初、僕は正直、飼うのには反対だった。死んでしまったら、めちゃくちゃ悲しいから。
『忘れえぬ訪問者』
登石ゆのみ
(『忘れえぬ人々』)
嵐の夜、宿の主人の春丘と、常連の中津は、二人で酒を飲んでいた。客は中津一人だった。そこで、中津は春丘の書いた古い同人誌『忘れ得ぬ人々』を見つけ、朗読してもらうことになる。読み進める度に、登場人物に関連した不思議な現象が起こる。最後は、宿のインターホンが鳴り響き……。
『テシガワラ社長の止まらない朝』
吉原れい
(『裸の王様』)
テシガワラ社長は、頑固で強情で、自分を絶対に曲げない人だった。ある朝、そんな社長の足が勝手に動き出し、一直線に歩き始める。社長は、止まることも曲がることもできず、人とぶつかり、川に流され、警察に追われ、崖から落ちそうになって、生まれて初めて、自分の思い通りにならない経験をする。
『ブルーレター』
吉原れい
(『どんぐりと山猫』)
眠くなると、頭に猫のような耳が生える、不思議な女がいた。喫茶店の窓からそれを目撃した一郎は、その女から、青い封筒に入った一通の手紙を受け取る。手紙に導かれ、見知らぬ公園に辿り着いた一郎は、そこで、一年前に失踪した恋人と再会する。恋人の失踪の理由、そして女の正体を知った一郎はー。
『命運』
森本悠也
(『運命』)
会社から家路につく途中の電車の中、いつの間にか中村あきらは居眠りをしていた。目を覚ますと、乗客は自分以外いない。構わず電車は走り続け、見慣れない古びた駅で彼は降りることになってしまう。
『ネバーランドへ』
ノリ・ケンゾウ
(『ピーターパンとウェンディ』)
社長「なあ、空を飛んでみたくはないか…」つくづく社長はピーターパンのようなことを言うと思う。年に一度の、会社の全体集会での社長の話は、どこか現実味を掻いた抽象的な言葉ばかりで、私にはどうしてもピーターパンか何かが話しているようにしか聞こえない。