「んー?何が?」
「約束なんてしてないのに、急にあんな嘘つくから、びっくりしちゃいましたよ」
私がそう笑いながら言うと、みゃーこさんは「うーん」と猫が鳴くような声を出した。
「ごめんね。行きたかった?あの二人と」
「いえ、別にいいですけど。でも、珍しいなと思って」
「珍しいって?」
「みゃーこさん、誰とでも仲良くなれるのに、さっきはちょっと嫌そうにしていたから」
私が言うと、みゃーこさんは曖昧な感じで微笑んで、それからぐいっとグラスに入ったお酒を一気に流し込んだ。
ぷはー!と笑うと、「おじさん、おかわりください」と陽気な声色でみゃーこさんは言った。頬が赤いのでもう少し酔いが回っているのだろう。グラス一杯で酔う人、久しぶりに見たなあ、と思った。
「みゃーこさん、あんまり飲むと明日に響きますよ」
「いいよ、わんちゃんがいるじゃん」
「またそんなこと言って」
「明日も、あの小さな小屋で、わんちゃんと船に人を乗せるの。地平線の先へ走っていく船に手を振って、二人で小屋に戻るの。わんちゃんが楽しそうに切符を売るから、私はお菓子を食べながらそれを眺めて、それでわんちゃんがみゃーこさんもお仕事してください、って呆れて笑うの。そうこうしているうちに夜がきて、星が綺麗で、私たちは一緒に海を眺めながら帰るの」
まるで子供に絵本を読み聞かせるような声色でみゃーこさんは言った。二杯目のホッピーを水のように飲みながら。
「私ねえ、好きなものがたくさんあるのよ。まず海。きらきら光って、大きな宝石みたいでしょう。船も好き。特に夜に見る船の灯りは一等好き。お酒も好き。特にホッピー。だって瓶が可愛いでしょう。それに今日、わんちゃんと一緒に飲んだから、もっと好きになった」
「なんですか、それ」
くすくす笑っていると、みゃーこさんはまるで勢いに任せるような、どうか気づかれませんようにとひた隠しにするような、そんなどこかちぐはぐな声色で、
「わんちゃんのことも好きよ」
と言った。
私は一瞬何を言われたのかわからなくなって黙ってしまった。みゃーこさんはゆっくり顔を上げて、少し傷ついたように笑って「だってこの街で初めての仕事仲間だもんねえ」と言った。
「あの、みゃーこさん」
「ここのから揚げ、おいしいんだよ。わんちゃんも食べなよ」
「今の、どういう意味ですか」
言うとみゃーこさんは泣きそうな顔をして私の目を見た。
「私もね、昔はわんちゃんと同じで、都会で働いていたのよ。でも、うまくいかなかったの。私、ほかの人と少し違うみたい」
耐えきれなくなってぽろぽろと落ちる涙が宝石みたいだった。ごめんね、と謝るみゃーこさんが本当に悲しくて可哀そうに思えて、私はなんだかみゃーこさんを抱きしめたい!と思った。けれどできなかった。なんだかそんなことをしたら、優しいこの人を傷つけてしまう気がした。
その後、自分がどうやって家まで帰ったのかよく覚えていない。次の日出勤するとみゃーこさんの姿はなかった。病欠らしい。一人で仕事をするのはなんら問題はなかった。もともとみゃーこさんはあまり身をいれて仕事をする人ではなかったし、平日だったのでお客さんもまばらだった。