私の知らない父の面影を長さんに重ねていたので、長さんがホッピーを飲みたいと言ったことに驚いた。
父の影響か、潜在意識というやつか、私も気付いた時にはホッピーが好きになっていた。だけど、大阪に来てからホッピーを見かける機会は減り、取り扱っている店を探しては行きつけにしている。
「何軒か置いてる店は知ってますけど」
「未来さん、お願いがあります」
即座に「はい、何でしょうか」とは言ったものの、長さんが言わんとしていることは想像に難くなかった。
「もし良かったら、今週の金曜日、一緒に行ってくれませんか、ホッピーのあるお店」
「もちろん」と、二つ返事で誘いを受けたかったが、仕事で関わっている以上、プライベートな付き合いは禁止されているので私は返事を躊躇った。
「ごめんなさい、困りますね。大丈夫、今の無かったことにして下さい。気にしないで下さいね」
私の表情から察した長さんが、慌てて取り繕う。
「いいですよ、行きましょう」
「ほんとに、いいんですか」
私は何も言わず、ただ大きく頷くと「ありがとうございます」と、長さんは私の右手を両手で力強く握った。
当日は、長さんの最寄り駅から二つ隣の駅前にある、居酒屋「大江戸屋」の前で待ち合わせた。いくつか知っているホッピーのある店の中で、この場所が事業所のスタッフと遭遇する可能性が低い。もちろん、値段の割に料理も美味しい。
「いらっしゃい、飲み物何にしましょ」
長さんはメニューを見ることなく「ホッピー」を頼んだので「じゃあ、同じやつで」と、私。
「良いですね、それ」
長さんがおしぼりで手を拭きながら言った。
「え?」
「赤いポロシャツ。よく似合ってます」
「ああ、ありがとうございます」
最近、このポロシャツは夏服ローテーションの一端を担っている。何だか照れ臭いやら、嬉しいやらで、私はメニューを見ながら「何が良いですかね」と長さんに話しかけた。あらためて面と向かって座ると、妙な緊張感を覚える。いつもは飲みに来ると仕事の愚痴や恋愛の話だが、今日ばかりはそうはいかない。だからと言って、いつもの長さんとの会話では、利用者さんとヘルパーの関係だということを周囲に気付かれてしまう。そんな考えばかりを頭の中に巡らせていると、ますます何を喋ればいいのか分からなくなってくるのだった。
「こちら、付け出しとホッピーです」
タイミング良く運ばれたホッピーが会話の糸口となった。
「ああ、懐かしいなぁ」
長さんが感嘆の声をあげる。
「何年ぶりですか、飲まれるのは」