高く青い空に、ハケでさっとはいたような掠れた雲が漂う。陽射しは強いが空気が乾いているので、肌にまとわりつくような暑さはなく過ごしやすい。
こんな日は少しばかり気持ちが高揚するのか、原色に身を包んだ人たちが多く、どれも青い空に映える。普段は控えめな色を好む私も、今日ばかりはクローゼットから赤いポロシャツを手に取った。
私が働く地域は、ガラス張りのビル群の下をお洒落に着飾った人たちが闊歩するような洗練された都会とは違い、まるで時代に取り残された雑然としたセピア色の街。街の様子は数十年前にその歩みを止め、ここから眺める高層ビルは、まるで未来の世界のようにさえ見える。
この地域は、高齢化率40%を超え「超高齢者社会」と形容するにも足りないほど、街中には高齢者が溢れかえり、尚且つ単身者が多い。
高度経済成長期、全国各地から日雇いの仕事を求め労働者が集まった。その後、故郷に帰ることなくこの地に居着いた人たちが、高齢期を迎え単身で生活を送る。保証人が無くても契約できるアパートが多くあるので、元日雇い労働者だけではなく、ある意味で様々な事情を抱えた人たちにも寛容な街だ。
そんな地域で、私はヘルパーとして高齢者の支援に携わっている。心身ともに疲弊して心折れそうになることが定期的に訪れるが「神山さんに来てもらうと助かる」などと言ってくれる高齢者に元気をもらいながら、なんとか八年が経過した。
これまでにいろんな人たちと出会った。多額の借金を抱え偽名を使う人、酒とギャンブルに溺れる人、罪を犯し服役していた人、赤ん坊の頃に捨てられ天涯孤独の人、背中に立派な龍の彫り物が入った元ヤクザ……数え上げればきりがない複雑な人生が、この街で交わる。大変だけど、やりがいは大きい。
「牛乳と、豚バラ、人参に玉葱……オクラもお願いしようかな」
冷蔵庫に頭を突っ込みながら、長さんが希望の品を読み上げ、私はその後ろでメモをとる。
「他は大丈夫ですか。日用品とか」
「そうだなぁ……あ、トイレットペーパー頼もうかな」
「シングル18ロール入りですね」
「さすが!」
すこし強く閉められた冷蔵庫のドアの風圧が、私の所まで冷気を運んだ。
「じゃあ、お願いしますね」と、長さんの不器用で照れ臭そうな笑顔が、いつも買い物へ行く私を見送る。
私はそれを見るとホッとして、
「はい、行ってきますねぇ」と、自分でも気持ちが悪いくらい優しい声色で返すのだった。
嬉しい気持ちになるのも仕方ない。今の長さんは、一年前には想像もつかないくらい変わったのだから。
長さんの暮らす若月荘は、築五十二年の木造三階建て。風呂は無く、各階に共同便所があるだけ。もちろんエレベーターなどという文明の利器は無く、まるでエベレストの山頂を目指すかの如く、手摺にしがみつきながら階上を目指す高齢者をよく目にする。