「三年ぶりくらいかなぁ」
「良かったですね」と、私はジョッキを持ち上げて乾杯を促した。
「今日はありがとうございます、乾杯」
「退院、おめでとうございます」
長さんは喉を鳴らし、一気にジョッキ半分ほどを胃に注ぎ込み「うまい!」
と、これまでに見たことない表情を浮かべた。
「ゆっくり飲みましょうね、普段はアルコール飲まないんですし。倒れますよ」
「大丈夫、大丈夫」
ほのかに頬を赤く染める長さんは、ご機嫌で、いつもより饒舌で、それはとても良いお酒の飲み方だった。長さんの話す内容はスポーツや政治、最近の事件など、専らテレビから得た知見が多い。その中で、長さんから出た「最近の若い芸能人の名前は覚え難い」という話をきっかけに、名前の話題へと移った。
「私の名前も、初めて会った人からは『みらい』って読まれます」
「未来さん……いい名前ですよ、本当に」
「長さんは、すぐに読めましたよね、私の名前」
長さんはジョッキを握りながら、漂う泡をジッと見つめた。これまでの表情から一変したのは明らかだった。
私は少し顔の位置を下げ、気付かれないように長さんの顔を覗き込んだ。すると、長さんは残りのホッピーを一気に飲み干し、ゆっくりとジョッキをテーブルに置いた。そして、木製のテーブルに鈍く響いた『コン』という音を合図に、まるで一年前に出会った頃のように、遠慮がちに声を絞り出して話し始めるのだった。
「僕の娘が、同じ未来という名前なんです、漢字も同じで」
「娘さんて、どちらに?」
「さぁ……恐らく、東京近郊にいるんじゃないですかね。ここ数年は連絡を取ってないものですから」
私はハッとした。そんなことも知らず、下の名前で呼んで下さいと言った自分が恥ずかしかった。
「そうですか……なんか、すみません」
「いやいや、僕はいつも嬉しいですよ。まるで娘との時間を過ごしているみたいで」
「もし、よろしければ……少しだけ、お聞きしてもいいですか、長さんのこと」
数秒間の沈黙、そして、一つのため息を吐いた長さんは、重い口を開いた。
「全て、私が悪いんです。自業自得ってやつですね……」
自責の言葉を最初に置き、長さんはゆっくりと語り始めた。
「結論から言うと、私は家族を捨てて逃げてきた卑怯な男です」
私は、絞り出されるような長さんの言葉をしっかりと受け止めた。
「借金の保証人になってね。いなくなっちゃったんです、古くからの親友だったんですけどね。皆んなは、ひどい奴だって言うけど、私にはそうは思えなくて。きっと、彼も大変だったんだって、いつか謝りに来るはずだって……それが余計に周囲の怒りを買ってしまった。お人好しなんですかね」
「長さんは優しいんですよ」