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『父親を待つ娘』前田雅峰


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 女の子は素直に、とても嬉しそうな顔をした。
「ほんとう? 嬉しい! あたし、町のお菓子が良(い)い。ずっと前にお父ちゃんが食べさせてくれた。甘くて、とても美味しかったから」
 此れはどんな事があっても、送るのを忘れる訳には行かない。
「そのお菓子って、クッキーかな、チョコレートかな」
「分からないー。あたしはただ美味しかった事だけしか憶えてない」
「そう? どんな色してた?」
「ええっとー、黒っぽかった」
「口に入れたら、とろーって溶けた?」
「溶けた溶けた」
「あー、じゃあ、チョコレートだね。それを送るよ」
 女の子はにこにこと笑った。今だけ、今からその贈り物が届く間だけでも、喜んで欲しい。それで何かした訳では全然ないけれども、それでもそれ位はさせて欲しい。
「あっ、そうだ。お母さんに、近いうちそんな贈り物が届くからって、言っておいてね」
「うん、言っとく。嬉しいな」
 そう言うと、私達は二人、また元居た軌道の終点に戻ろうとして振り返った。少し高くなったその場所からは、原野の遥か彼方から泥濘と雑草に埋もれた今はもう見捨てられた軌道が続いているのが見えた。それはずっと直線で原野を渡っていた。そして、今はもう死んでいる廃墟なのに異様に美しかった。それは恰(あたか)も、誰か嘗て人が生きて来て、その人はもう人生を終えて亡くなっているのに、それでも決して消えて無くなりはしない石碑(いしぶみ)の様に私には思われた。
「埋もれながら、何を証(あか)しするのか」
 私は小さな声で、そう言った。勝手に言葉が出て来たのである。女の子は、私のその言葉が聞こえなかったのか、それとも聞こえても意味が判らなかったのか、何も言わなかった。そして次の瞬間、
「お父ちゃんは、此の軌道で馬を牽いて荷物を運んでた」
 と、感情を込めない口調で言った。私は女の子を見詰め、何も返事せずに『うんうん』と頷いた。そして自分で口にした問いの答えが、勝手に心に浮かんで来た。
「間違っていなかったものを。それで良かったものを、証しするのだ」
 しかし直ぐに別の想いが私の中に浮かんで来た。
「しかし、今。直ちに、今。何とかならないものか。私に出来る事は……」
 そしてその疑問に対する答えは、絶対に私の中に湧いては来ないのだった。
 午後の既に大分傾いた太陽が原野の全部を優しく照らしていた。風が吹いてはいるが、此れも大気の騒(ざわ)めく程ではない。何か、私が観ている光景全部を労わる様に、それらに掌を当て撫でるかの様に吹いていた。私は言葉を失った。
 私は自分の事を不幸だと思った事は無い。今迄生きて来る為に苦労したと思う事位は慥(たし)かに有る。しかしそんな程度の事は、誰でも経験している。しかし此の子は如何(どう)なのだ。此の子は何も悪くないのに、斯(こ)んなに子供の頃から、慕っている父親と一緒に暮らす事が出来ないでいる。

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