「それって、ずっと前から?」
「うん、あたしがずっと小さな時から、気が付いたら毎晩してた」
私はわざと少し黙って時間を置いてから言った。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんは何て名前なの?」
「幸(さち)」
「そうか、さちって名前なのか。若しかして、さっちゃんって呼ばれてる?」
「うん」
「じゃあね、さっちゃん。さっちゃんのお父ちゃんとお母さんは、とっても良いご両親なんだと思うよ。世の中には一杯夫婦が居るけど、みんながみんな、さっちゃんのお父ちゃんとお母さんみたいに良い夫婦な訳じゃないんだ」
「でも、仲が良いから結婚して夫婦になったんでしょう?」
「そうなんだけど、結婚してから仲が悪くなる事もあるんだよ」
「でも、結婚してから仲が悪くなったんなら、離婚すれば良いじゃない」
「あっ、離婚なんて事、もう知ってるんだ」
「うん。あたしの友達の親が、此の前離婚した。その子はお母さんと一緒に、此の村を出てったわ」
「でもね、一回結婚すると、そう簡単に離婚は出来ないのさ。それはね、さっちゃんが大きくなったら分かるよ」
「変なの。でも、うちのお父ちゃんとお母さんはそんな事しないよ。ずっと仲良しだから」
「そうだね。さっちゃんの話を聴いてると、僕も本当にそう思うよ。お父ちゃん、早く帰って来ると良いねー」
「うん」
「さっちゃんの家って、すぐ近くなんだよね」
「そうだよ」
「じゃあ、案内してくれるかな」
「いいよ」
女の子はすたすたと坂道を上り、土道に出ると直ぐに指さして、
「ほらっ、あの家」
と教えてくれた。
見れば貧しい家だった。土道、と謂うよりも泥道から少し奥まった所に、住居と謂うよりも小屋か小さな物置といった感じの家が在った。横に物干し竿が架かっており、それを支える腕木がまたささくれていた。建物の外壁の板塀共々、冬の厳しい風雪に洗われて見事に木の色を失っていた。まるで時間の経ったモルタルの様な色合いである。それにひどく木目が浮き出している。玄関前に錆び切った猫車が置いてある。此れも女の子の父親が以前使ったものなのだろうか。最近は郵便も来ていないというのなら、出稼ぎの仕送りも無いのではあるまいか。尤も、その集落では周囲に在る家屋は皆それと同じ様なものだったが。
私は何か此の家の住所を知る方法が無いものかと思ったが、本当に町から離れた原野の中に在る集落で、町名を示す様な看板も無い。
「ねえ、さっちゃん。自分の家の住所、分かる?」
「郵便に書いてあるやつ?」
「うん、そうそう」
「一寸(ちょっと)待っててね」
そう言うと女の子は自分の家迄駆けて行き、直ぐに封書を一つ持って来てくれた。私はその住所と家の苗字を自分のメモに控え、
「有難う。おじちゃんが自分の家に帰ったら、此の住所宛に、さっちゃんの喜ぶものを何か送るね」