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『父親を待つ娘』前田雅峰


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「私の持っている幸福を、此の子に分けてやりたい」
 私はそんな事さえ思った。しかし私には、幸福は無かったのである。言った様に、私は不幸ではなかった。しかし幸福でも無かったのだ。私は何か自分が心満たされて暮らしている訳ではない。此処(ここ)に来ているのが何よりの証拠だ。私は自分のいつも暮らしている場所から逃げ出して来ただけだ。この場合、逃げ出す事が悪い事ではないが、逃げ出して来るという事は即ち、私が今幸福ではないという事を十分に証明していたのだ。私は此の子に分け与える幸福など、持ってはいないのだった。しかし、次の瞬間、私は斯(こ)うも思った。
「持っていなければ、創ってでもあげるべきではないのか」
 私の心は、時々私が全く予期していなかった答えを、それも私が問うてもいないのに生み出すのだった。思えばその為に、私が色んな場面で随分混乱した。しかし今にして思う。私の心は、正常に動作しているのだった。それらの予想もしない答えは、私を導いていたのだった。此の時も、間違い無く。
「おじちゃん、お腹でも痛いの? 痛そうな顔して」
「いいや、大丈夫だよ」
 私は最後に鞄の中から菓子パンを二つ取り出して、
「さっちゃん、今日はおじちゃんと色々お話してくれて有難うね。おじちゃん、嬉しかった。おじちゃんの事、忘れないでね。おじちゃん何処(どこ)に居ても、さっちゃんのお父ちゃんが無事に此処(ここ)に帰って来るのを、お祈りしてるからね」
 と言って、女の子に渡そうとした。すると、
「でも、あたしがどんなにお祈りしても……」
 と言って、女の子はとても悲しそうな顔をした。殆ど泣きそうな顔だった。私は思わず女の子をぎゅっと抱き締めた。何も言う心算(つもり)は無かったけれども、例え何か言おうと思っても出来なかっただろう。私が本当に泣いていたからである。
出会って少し話をしただけの子供に、衷心から同情するのは良くないだろうか。それは大人らしくない行動だろうか。
「そんな事をしても、結局その女の子にとっては、何の解決ににもならない」
 そうだろうか。そうだ。それは私自身が最初から認めている。誰よりも先に、その事を第一番に認めよう。けれど同時に私の中に声が響く。
「その通りだ。けれども、それは自分自身以外に全く興味の無い人間が必ずそう言う科白(せりふ)だろうな」
 私が恐れたのは、此方(こちら)の方だった。此方の側の根拠だったのだ。私が責められたくないと、自身を委ねた価値観は間違い無くこっちだったのだ。私は一切を理解していた心算(つもり)だ。けれど、その時に私を動かした力の、そちらの側に私を立たせた力の、如何に大きく強く、優しく、瑞々しかった事か。逆に、
「私は、此処(ここ)で泣く事の出来ない様な人間なのか」
 と感じた。此れを、流れる車窓の風景に対する様に一瞥を与えただけで立ち去る人間が、どうして自分の人生を生きる意味を持ち得るのか。そんな事は、有り得ない事だ。此処(ここ)で一緒に泣く事が出来ないでいて、一体何の理由で生きるのか。私は、上手く生きたいのではない。私は生き永らえたいのではない。私は、唯単純に、普通に生きたいのだ、人間として。

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