「普通、両方『ちゃん』か、両方『さん』だと思うけど」
「うん。でも何でか、うちではそう呼ぶの。二人共そう呼んで欲しいみたい」
女の子は私を見詰めている。
「ねえ、おじちゃん」
「何だい?」
「町に出稼ぎに行った大人って、もう帰って来ないのかな」
私は喉が詰まった。しかし何か返事しなければならない。
「そんな事はないよ。どうしてそんな事を訊くんだい?」
「お父ちゃんが半年いないってあたし言ったけど、それ嘘なの」
私が黙っていると、
「ごめんなさい。本当は、多分二年位、居ないの」
「町に働きに出て、それで帰って来ないのかい?」
今度は女の子は返事の代わりに小さく頷いた。私は事態が深刻なものである事を把握した。しかしだからと言って、急に優しくなるというのも良くないと思い、出来るだけ平静を保つ様心掛けた。
「おじちゃん」
「何かな?」
「うちの村のお父さん達、町に働きに行って時々帰って来なくなるの」
遉(さすが)に何も返答出来ない。
「帰って来る人も居るんだけど、帰って来ない人も同じ位居るわ。どうしてなの?」
「済まない、おじちゃんにはそれは分からないんだ」
私は此の時、すんでのところで、
「でも家族が大切だったら、帰って来るんだよ」
と言いかけたその言葉を飲み込んだ。
「お嬢ちゃん」
私がそう話し掛けると、女の子は返事をせずにまた私の顔を見詰めた。
「屹度(きっと)お父さんは、お嬢ちゃんとお嬢ちゃんのお母さんの為に一所懸命町で働いているんだよ。だから忙しくって、帰って来る事が出来ないんだ」
「お母さんもそう言ってた。前にそんな手紙がお父ちゃんから来たって言ってた」
私は此の女の子の言葉にどれだけ救われたか知れない。一気に気持ちが軽くなった。
「郵便が来てるんだね? お父さんから。だったら大丈夫。そのうち帰って来るよ」
私が笑顔でそう言うと、
「その手紙はもうずっと前に来たの。それから手紙、全然来ない」
と矢張無表情な顔になって言った。何の鳥かは知らないが、一声啼いて羽ばたいて飛んで行った。その鳥の啼声はどちらかというと人を馬鹿にした様な滑稽な響きだったので、私は余計に悲しくなった。