十二月三十一日 曇りのち雪
「今日こそは、大掃除終わらせますからね。はい、お風呂掃除よろしく。」
私は、コタツに入りながらミカンをむさぼるさっちゃんに、お風呂磨き用のスポンジとエプロンを投げつけた。
「やだよー。やよちゃんがお風呂磨きなよー。寒いよー。足の上に猫が乗ってて、動けないんだよー。」
だめだ、うちには猫なんて居ないのに。コタツから出たくない病が進行している。
「…いいよ、お風呂場は私やるし、この間やりきれなかった窓拭きもやる。だからさっちゃんは、屋根裏部屋の整理、やっておいてね。はい、鍵!」
そう言って、私は錆びついた鍵をさっちゃんに渡した。
屋根裏部屋には、おじいちゃんが以前お店で使っていた本棚や、趣味で集めた民芸品が所狭しと詰め込んである。おじいちゃんが亡くなってから、開かずの間として存在し続けていた。そもそもおじいちゃんですら、屋根裏部屋の存在を長く忘れていたはずだ。きっと埃に虫の死骸に…、凄いことになっているだろう。それを知っていて、私もさっちゃんも屋根裏部屋にだけは近づかなかった。
「えっ、屋根裏…。やだやだ!…お風呂場磨くよ、窓拭きもやるから…!屋根裏部屋だけは、勘弁して下さい…。」
虫が大嫌いなさっちゃんは、あっさりとコタツから出て、エプロンを着けてお風呂場に向かった。しめしめ。
普段の仕事でも着けているが、やっぱりさっちゃんはエプロンが似合う。世界一エプロンが似合うんじゃないかな。以前、このことを本人に伝えたら、「じゃあ、古本屋は天職だね。」と無邪気に笑った。
四十年の間守り続けていた古本屋を、おじいちゃんの死と共に店仕舞いしようと私の両親が言い出した時、真っ先に反対したのが当時バイトとして働いていたさっちゃんだった。金髪で、一見チャラチャラしていて近寄りがたい雰囲気だったさっちゃんは、何故かおじいちゃんに気に入られていて、今私たちが暮らしているお店の二階にいつの間にか住み着いていた。
「家族以外が…口に出すことじゃないって分かっています。でも…、僕は…、マサフミさんが大切にしていたこの古本屋の一番の客として、無くなってほしくないんです…。」
ぐすぐすと鼻をすすりながら、ぽつりぽつりと自分の真っ直ぐな想いを吐き出す金髪の彼を、私は初めて愛おしいと感じた。
「…だったら、私と家族になって古本屋続けましょうよ。」
気がつくと私は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃのさっちゃんにプロポーズめいた発言をしていた。付き合ってすらいない女からの申し出に、彼はしばらく固まってしまった。当たり前か。あの時のぽかんとした表情、おじいちゃんにも見せたかったなぁ。
そして今、私はさっちゃんと一緒におじいちゃんの古本屋を続けている。
「…やよちゃん、見て!お風呂場、磨いたよ!窓もピカピカ!」
私がコタツで今日のテレビ番組表を見ていると、さっちゃんが嬉しそうに部屋に戻ってきた。
「あ、やよちゃんずるい。自分だけコタツでまったりしてさー。」
「さっちゃんありがとー。でも、失礼しちゃうな。私もさっき終わらせたのよ、屋根裏部屋の掃除。」