9月期優秀作品
『風が吹いた、』三波並
七月十二日 晴れ
風が吹いた。久しぶりに吹く、爽やかな風だった。昨日までのじとじとした雨が嘘のように、今日は一日中晴れていた。布団を干しながら、休日らしく溜まっていた洗濯や部屋の掃除を黙々とこなした。
「やーよちゃーん!お向かいのコジマさんから、スイカ頂いちゃった。今年初スイカ、今日食べようよ。」
古本の出張買取に出ていたさっちゃんが、大きなスイカを抱えて帰ってきた。さすがは古本屋店主、華奢な身体の割に力持ちである。
スイカは私が一番好きな果物だ。いや、野菜だ。二階の住居に居た私は、さっちゃんのその声で、一階の店舗へと降りた。
「わぁ、立派なスイカ!早速冷やしましょう。」
「やよちゃん、相変わらずスイカ好きだね。あ、そういえばコジマさんとこの八百屋さん、息子さんが手伝ってたよ。なんか仕事辞めて、こっち帰ってきたって。」
「え?タクちゃん帰ってきてたんだ。そっかぁ、八百屋継ぐんだ。うちもおじいちゃん死んで、代替わりしたもんね。どこもそういう時期かぁ。」
タクちゃんは、私の幼馴染だ。商店街の中でも、私のおじいちゃんの古本屋とタクちゃんのお父さんの八百屋は昔からのお店らしく、付き合いが長いらしい。そのつながりで、私とタクちゃんは小さい頃からお互いのお店を行き来して遊んでいた。
「…やよちゃん、八百屋の息子と仲良いんだね。」
お、珍しくさっちゃんが妬いている。これはタクちゃんが私の初彼だって、口が裂けても言えないなぁ。
そんな会話を交わしていると、酒屋のツゲさんが勢いよくお店に入ってきた。
「おっ、若夫婦!ちょうどいいところにいたよ。悪いけど、これ貰ってくれよ。うちのバカ息子が発注ミスしやがって。みんなのとこ配り回ってんだよ。」
と、差し出された紙袋には、瓶ビール二本とスルメイカが入っていた。
「えー、いいんですか?ありがとうございます。」
今日はスイカにビールに、いい夏の始まりだ。
「やよちゃんみたいな、しっかりした嫁がうちに来てくれたらなぁ。気が向いたら、うちのバカと一緒になってよ。」
「もー、ツゲさん、冗談は辞めて下さいよ。」
さっちゃん、声と顔が怖いよ。笑えてないよ。ツゲさんはそんなさっちゃんを見て、慌てて自転車で去っていった。
実は私もヒヤヒヤしていた。だって酒屋のツゲ君は、私の大学時代の彼氏だ。ツゲさんから昔のことを蒸し返されなくてよかった。ちなみにツゲ君とは一年ほどでお別れして、その後は商店街の外れの喫茶店のマスターと付き合っていた。
こうしてみると、私の恋愛は全て商店街の中で完結している。私が家族に選んださっちゃんも、おじいちゃんが雇っていたバイト君だった。
「やよちゃんって、結構モテるんだね。」