「私はね、『空気に溶けちゃう』派かな。」
「…何それ?魂が溶けるの?」
「おじいちゃんの受け売りだけどね。人は死んだら、魂は空気に溶けて漂うんだって。」
「へぇ、マサフミさん意外とそういうの信じてたんだ。」
「うん、おばあちゃん亡くなってからかな。ほら、お店の入り口ドア外してあるでしょ。あれね、『ばーさんがいつでも入れるように』なんだよ。素敵でしょ?」
「はー。外されたドアに、そんな理由があったとは。直すの面倒くさくって、壊れたままなんだと思ってた。蚊が入ってきて嫌だって言って、ごめんなさい…。」
「私も寒いから閉めてって言ったんだ。そしたら理由教えてくれた。おばあちゃん、風になってやってくるんだって。」
おじいちゃんは古本屋の入り口に風鈴を飾っていた。夏でも冬でも、一年中。チリンチリンと心地よい音がする度に、おばあちゃんが近くにいる感じがする、と照れながら話してくれた。私も、風鈴はそのまま飾っている。秋風に吹かれて、おじいちゃんがそばにいる気がするから。
「…やよちゃん、そんな素敵なお話をしていただいてからで、非常に申し上げにくいんですが…。」
「…はい、なんでしょうか。」
「入り口にドア、つけませんか?夏は扇風機と蚊取り線香、冬はストーブがあるとはいえ、やっぱりお客さんが快適に過ごせるようにするには、ドアをつけて、エアコン導入がよろしいかと…。」
「…異議なし。私も去年の冬、大雪降った時強く思ったよ。エアコンいるね、絶対。」
さっちゃんとの話し合いの結果、普段ドアは開けておいて、雨や雪の日、とても寒かったり暑かったりする日は閉めて、エアコンで室内の温度を保つことに決まった。ごめんよ、おじいちゃん。風鈴はつけたままにするから、現代っ子な我々を許しておくれ。
法事で分けてもらったお饅頭を頬張りながら、もう一つの話し合うべき議題について意見を交わした。それは、お店の名前についてだった。
「『ツヅキ堂』っていうお店の名前もさ、いっそ変えちゃうのはどうかな。ドアつける時、看板も新しくしちゃうのは?」
私がそう提案すると、さっちゃんは渋い顔をした。
「えー。慣れ親しんだ名前変えちゃうの?僕は抵抗あるなぁ。やよちゃんは、いい案があるの?」
さっちゃんの声のトーンが、若干怒ってる。
「た、例えばの話よ。ほら、さっきおばあちゃんの話しててさ、『風』っていう字がお店の名前に入ったら素敵かなって思ったの。」
「うーん。確かに爽やかな感じするけどさ。まだ二人のお店って感じじゃないじゃん?もっともっと僕たちらしいお店作りできてから、名前をどうするか考えようよ。」
いつの日か、私たち色に古本屋が塗り変わったら。その時は、お店の名前はどうなっているのかしら。
雨が降り続く秋のある日、私たちは少しだけ未来の約束をした。果たされなくても破られても、今あなたと交わす約束が、私の心を暖かくするのです。