やはり、単身赴任なんてさせなければ良かったという思いが、繰り返し繰り返し、瑠璃子の頭の中に浮かんでくる。
一般病棟に移って最初の日曜日、瑠璃子は、晴樹と瑞希を連れて、正之の病室を訪れていた。
「パパは一人暮らしじゃなかったら、こんなことにならなかったのかなあ」
瑞希は、正之のベッドの隣りに置いた椅子に腰を下ろし、正之の顔を見ながらつぶやいた。
入院から三週間が過ぎた。正之は、身体は健康だったが、意識はもどらないままだ。自宅に近い病院への転院も考えたが、簡単には受け入れ先が見つからない。
「学校の先生に聞いたんだけど、意識が無くても聞こえているかも知れないんだって。だから側で話しかけてあげると、意識が戻ることも有るって。ねえ、ママ、私、毎日学校が終わったら、パパの病院へ行って、絵本を読んであげようと思うの。ね、お兄ちゃんも行くでしょ」
瑞希は、夕ご飯を食べながら、毎日病院へ通うと言い出した。
「そんなことしたらお金が大変よ」
「大丈夫。ママに出してなんて言わないから。お年玉貯金が有るからそこから出すよ。お兄ちゃんも貯金してるでしょ」
どうやら、瑞希の気持ちの中では、晴樹は当然一緒に行くものらしい。
「えー、俺も行くのか」
「お兄ちゃんはパパが死んでもいいの。パパを助けたくないの」
そう言いながら瑞希の目から大粒の涙が溢れてきた。
「分かったよ。行く。あー、お年玉ちゃん。さよーならー」
晴樹が窓の外に向かって手を振った。何だかその仕草が可笑しくて、瑞希が声を出して笑った。
「泣いたり笑ったり、忙しい奴だなあ」
三人の食卓に、久しぶりの笑顔が戻ったようだった。
晴樹は高校生で電車通学だから、瑞希との待ち合わせは新潟駅となった。新潟駅から毎日夕方、新幹線での病院通いが始まった。
正之のベッドの隣りに座った瑞希が、童話の本を開いた。
「おまえ、それ、どこから持って来たんだよ」
「クローゼットの奥にしまっていたんだよ。子供の頃に読んでもらったやつ。いっぱい有るんだよ。てゆうか、みんなお兄ちゃんのお下がりじゃないの」
「へー、捨てなかったんだな」
晴樹は感心していた。
「じゃあ、パパ、読むからね」