瑠璃子が病院へ駆けつけると、すでに手術は日曜日のうちに終わり、無菌室に入っている正之の姿を、瑠璃子は透明な窓から覗いてみることしかできなかった。
手術を担当した医師の説明では、手術は成功したとのことだった。ただ、意識が戻るのか、麻痺や記憶障害などの後遺症が残るのかなどは、今後の推移を見なければ分からないということだった。早ければ手術の翌日には意識が戻る人もいるし、脳の中がだんだんと落ち着いて、数日してから意識が戻る人もいる。場合によってはずっと戻らないケースも有るし、最悪は数日後に別の場所から出血して死亡する場合も有ると言われた。
「主人はまだ若いんですよ。こんな若さでもなるんですか」
脳出血は年寄りの病気だと思っていた瑠璃子は、納得が出来なかった。
「四十代の患者さんは意外に多いんですよ。油の多い食事が好きだとか、毎晩酒を飲むとか。まあ、不摂生しなくてもなる人もいますしね」
医師の言葉が瑠璃子の胸に突き刺さるようだった。やっぱり単身赴任なんてさせなければ良かった。たまに帰って来たとき「野菜食べてるの」と聞くと「野菜ジュース飲んでるから大丈夫」などと適当なことを言っていた。
瑠璃子は病院の外に出て、自身が勤務する会社へ電話を掛けた。有給休暇はたっぷりと残っているから、とりあえず、今週いっぱいは会社を休む事にした。新潟から長岡までは、上越新幹線に乗れば二十分ちょっとで到着する。
病院は完全看護だし、集中治療室に入っているから、付き添っていることも出来ない。とりあえず、病院の事務窓口で入院の手続きや今後必要になるものなどを確認して、病院内の食堂で昼ご飯を食べた後に、もう一度病室の窓から正之を覗いて、この日は帰宅した。
瑠璃子は夜、晴樹と瑞希に、正之が長野のアパートへ帰る途中で脳出血になって入院したことを話した。まだ意識が戻らないと言ったら、二人とも、ずい分ショックを受けた顔をしていた。
「ねえ、ママ。私、土曜日、パパと一言もしゃべらなかった。どうしよう、もしパパの意識が戻らなかったら。私、パパのこと、嫌いじゃないのに。もっとお話しすれば良かった」
そう言って、瑞希が泣き出した。小さいころの瑞希は、躾の厳しいママよりも、甘やかしてくれるパパの側にいることが多かった。休みの日は、いつもパパの側で遊んでいた。
「明日、学校休んでお見舞いに行こうかな」
そう言ったのは晴樹だった。
「私も行く」
瑞希も行きたそうだ。
「明日はまだ集中治療室だから、窓から覗くだけで、あなた達が行っても、どうしようもないわよ。一般病室に移ってから行った方がいいわ」
瑠璃子の説得で、二人とも、明日のお見舞いは諦めた様子だった。
一週間後、正之は一般病棟に移されたが、相変わらず、意識は戻らないままだった。担当医師の説明によれば、脳の中は危険な部分も無く正常な状態に戻っているとのことだった。今後意識が戻る可能性は有るが、このまま植物状態になる可能性も有ると言われた。