午前中は、隣りの敷地まで伸びてしまった庭木の枝を切ったりして、ほんの少しだけお父さんらしいことをした。
あとは、お昼ご飯になって、子供たちは朝と昼を兼ねた食事をし、朝食が遅かった正之は、まだ腹が減っていないなと思いながらお昼ご飯を食べ、そして、明日は出張だと偽って、帰り支度を始めたのだった。
何度この道を走ったのだろうか。新潟中央インターから高速に乗って北陸道を走り、上越ジャンクションから上信越道に乗り換えて、上田菅平インターまでの道のり。九月の初めは、いつもの年なら、まだ夏と変わらないような暑さが続いているはずだけど、今年はやけに秋が早いようで、朝晩は肌寒い。
急な気温の変化で、どうやら風邪をひいたらしい。起き掛けから頭痛がしていて、朝ごはんを食べた後に頭痛薬を飲んだのだけれど、なかなか効いてこない。歳を取ってきたら肩こりが出るようになって、そのせいで頭痛になるようだった。頭痛薬を一回飲んだだけでは治まらないことも多かった。最近は頭痛対策のために、セカンドバックの中に1回分の頭痛薬を常備している。正之は車を走らせながらバッグから頭痛薬を取り出し、家を出るときに持って出たお茶で薬を呑み込んだ。二回飲めば効いてくることが多かったから、あと三十分程の辛抱だ。
頭痛が収まらない。それに、昼ご飯を食べすぎたせいだろうか。何だか眠い。パーキングで少し休もうかと思ったが、次の刈羽パーキングはトイレだけの小さなパーキングだ。できればガソリンの給油もしたいので、その次の米山パーキングまで行ってから休憩しようと、正之は考えていた。
頭痛のせいか、何だか目がかすむ。とにかく事故を起こさないようにゆっくり走っていた。
正之の車の後ろを、池田洋介という老人が妻を乗せて走っていた。池田は、ゆっくり走る正之の車を追い越そうとして追い越し車線に入るため、右のウインカーを出した。車線変更をしようとしたその時、正之の車も、フラフラと右側に寄って来た。
「おいおい、何だ前の車」
池田は怒った声を出した。
「居眠り運転かしらねえ。危ないわね」
池田の妻が心配そうに言った。
正之の車が、右に寄った後、今度は左側に動き、車線を外れてガードレールにぶつかりそうだ。池田はスピードを落として、正之の車の様子を見ていた。
ガガガガッー
正之の車が、ガードレールに車の左側面をぶつけて止まった。驚いて池田も、正之の後ろに車を付けて止まった。
高速道で怖いのは、後続車の追突事故だ。池田は、緊急停車を知らせる三角表示板を車の後方に立てて、それから正之の車を覗いた。正之はハンドルに身体を預けるようにして眠っているように見える。池田は慌てて携帯電話を取り出して、一一九番に掛けた。池田は、病気に付いての知識は無いが、それでも年の功で、心臓発作か脳出血のような症状なのだろうと察しがついた。
二十分ほどで救急車が到着し、救急隊員が、恐らく脳出血の症状だろうと言って正之を救急車に乗せた。ほぼ同時に着いたパトカーの隊員に、正之の車が停まるまでの状況を説明して、池田は、目的地の上越市に向けて走って行った。
正之は県立長岡病院へ運ばれ、緊急手術を受けた。免許証の住所は長野県上田市のアパートだし、会社の名刺を持っていたが日曜日で電話はつながらなかった。結局、月曜の朝に警察署から会社に連絡が入り、そこから瑠璃子に知らされた。それでも、朝早く連絡してくれたようで、瑠璃子は出勤前に連絡を受けることが出来た。