「え? ああ、東京の大学に行きたいって話か?」
「そう。」
「だから、駄目だ。あんな都会でお前がちゃんとやっていけるわけないだろう。」
「はあ、もう子供じゃないんだから・・・。」
由美が心底失望したように深いため息をつく。
「じゃあ、もういいよ。お父さんが許してくれなくても、お母さんは応援してくれてるし。学費だって自分でアルバイトして何とかするから。」そう言い放ち、由美は居間を出て行った。
「由美・・・。」
風呂につかりながら、和彦はぼんやりと先ほどの由美の言葉を思い出していた。入浴剤の優しい香りが一日の疲れを癒してくれる。
それにしても、由美があそこまで本気だとは思わなかった。由美が今までこれほどまでに何かを強く望んだことはあっただろうか。今の由美は自分の信念を持っている。その思いを叶えてやりたい気持ちも確かにあったが、やはり一人で東京に行かせるのは心配だ。いや、違う。娘が自分の元から離れていくことを認めたくないだけなのかもしれない。一人立ちできないのはむしろ自分の方ではないのか。
美奈子の言ったとおり、きちんと話だけは聞いてやろう。
「おい、由美。」
二階に上がった和彦は由美の部屋のドアを何度かノックしたが、返事がない。
「入るぞ。」
そっとドアを開けると、机に突っ伏した背中が目に入った。
由美は静かに寝息を立てている。勉強の途中で力尽きてしまったようだ。
「おい、風邪ひくぞ。」和彦は呟きながら、その細い背中に毛布をかけてやった。由美の机の上に広げられたままの教科書には小さな字でびっしりと書き込みがされ、至るところに付せんが貼られていた。
「由美さんはこんなにがんばってるんだから、応援してあげてくださいよ。」
ボロボロの教科書は、そう和彦に語りかけてくるようだった。
「がんばってるんだな。」和彦は静かに娘の背中に語りかけた。
結局その後もまともに話をするきっかけがないまま、進路指導の日を迎えた。
「由美、今日、進路指導だよな。」
以前よりもさらに会話が減った食卓で和彦が言う。