9月期優秀作品
『父娘の想い』彰山立夏
「ねえ、ちょっと相談があるんだけど。」
美奈子がいつになく真剣な顔で切り出した。夕食のハンバーグをつついていた和彦と由美が顔を上げる。
「どうしたんだ、そんなまじめな顔して。」和彦はまさか離婚でも言い渡されるのかと思ったのか、警戒した様子で尋ねる。」
「お母さん、どうしたの?」由美はのんきにサラダを頬張っている。
「実はね、お母さんの会社で今大きなプロジェクトをやってるんだけど、地方からも本社に人を集めて進めていこうってことになったの。それに参加してみないかって、私に声がかかったってわけ。」美奈子が少し誇らしげに言う。
「へぇ、それはすごいな。」離婚話でなくて良かったと安堵しながら和彦が言う。
「え、でも、本社ってことは東京?」由美が箸を止める。
「そうなの。もし参加したら三か月間東京なの。でも、せっかくのチャンスだから行ってみたいと思ってるんだけど、どうかな?」
「えー、私、三か月もお父さんと二人暮らしなんて嫌だよ。」由美が口を尖らせる。
なかなかひどいことを言ってくれる娘だ。と思いながら和彦はグラスのビールを飲み干す。
「あなたはどう思う?」美奈子が真剣な眼差しを向けてくる。
思えば、美奈子とお互いの仕事の話をしたことはほとんどなかった。しかし、出産や育児のブランクがありながら、本社のプロジェクトに声がかかるのはきっと美奈子の働きぶりが評価されたのだろう。だから、美奈子のやりたいようにさせてやりたかった。
「せっかくだから行ってこいよ。三か月くらいなら、こっちは何とかなるよ。なあ、由美?」
「わかったよ。行ってくれば。」由美がむすっと言う。「でも、私、受験勉強があるんだから、お父さん、家事を私に押し付けないでよね。」
「わかってるよ。俺だって一人暮らしの経験ぐらいあるんだから、家事ぐらいできるよ。」
「ほんとに大丈夫?」美奈子が心配そうに尋ねる。
「まかせとけって。」和彦は胸を張る。
「由美も大丈夫?」
「もう決めたんでしょ。行って来たら。」あきらめたように由美が言う。
「ありがとう。じゃあ、お母さん、がんばるね。」美奈子は嬉しそうに両手の拳を胸の前でぎゅっと握りしめた。
「いいな、お母さんは。東京に行けて。」由美はそうつぶやきながら立ち上がり、「ごちそうさま。」と二階へ上がって行った。
「ねえ、あなた。あの子のしたいようにさせてあげたら?」
二人きりになった食卓で美奈子が言う。
一か月ほど前のことだった。由美が東京の大学に行きたいと言い出したのだ。美奈子には以前から話していたようだが、和彦は初耳だったので驚いた。実はその大学は美奈子の出身大学でもあるのだが、由美の学力からすると、相当努力しなければならないレベルの大学であった。しかし、由美は浪人してでもそこに行きたいので、ほかの大学は受験しないとまで言った。