効果の程はどうだか。でも、その一歩が大事なのだ。今ここで変われなかったら──明日に問題を丸投げしているようでは、これからも変われないだろうから。
今思えば、それは娘の彩香が教えてくれたことではなかったか。生まれたばかりのあの子の顔を見たときに、奥手の僕が一生分の勇気を使い果たして雅子にプロボーズしたことが間違いではなかったのだと、唯一無二の幸せを得たのだと、そう実感したのはなかったか。
そうだ。昔も今日も、僕は選択肢を間違えちゃなんかいない。
あの子は、僕たちの子供だ。
帰ってから洗口液を洗面所に設置した。日が明けると、何故か半分くらい減っていた。誰かが使ったのだろうか、まあいい。僕も試しに使ってみることにする。一口分あれば充分のようだから、ボトルの半分となると相当の量が一気に使われたようだ。間違って飲んだりしていなければ良いが、飲むような味でもない。悪い味ではないけれども。
朝ご飯をとるべく食卓へ向かうと、廊下で彩香と鉢合わせた。部活の朝練があるようで、制服姿の背中には、テニスラケットの入った黒くて背の高いバッグを背負っている。
この前はあんなことを言われたが、どんな事情があれ挨拶はするべきだ。緊張しているのを勘付かれないように、おはようと明るく声をかけることにした。
怖くないと言えば嘘だ。無言で立ち去られはしないだろうかと、こうも身構えていてしまっている。不安でしかない。だが、彩香は僕の横を通り過ぎたところで足を止めてくれた。
「何か使ってる?」
「何かって?」
「別に、ミントっぽい香りがしたから。……まあいいや、行ってきます」
それだけ言うと、彩香はローファーを履いて家から出て行った。
彩香の『行ってきます』を久しぶりに聞いた。そういえばこんな鈴の音のような声が出る子だったことを、僕も忘れていた気がする。最近は声を荒げて喧嘩をするばかりだったから。
相変わらず無愛想だったけれども、大きな前進だろう。
そのことを職場の屋上で昼飯を食べながら部下に話すと、こんな返事がかえってきた。
「話をするきっかけが欲しかったのかもしれませんね。僕にも似たような経験がありますよ。今思うと、ただの反抗期だったんだなあって感じですけれど。なんていうか、半端に成長している時期ってすごく不安定で、でも本人は今の自分が一人前に近いと錯覚しているから、周りとの認識に差が生まれてしまって、そのせいで『どうして私を理解してくれないんだ』って反発したくなっちゃうんですよ。でもやっぱり理解して欲しくて、理解してくれない世界が許せなくて、なのに一度反発しちゃったせいで、その取り直し方が分からなくなるというか……それで、奇天烈で理屈の通っていない行動をとっちゃうんでしょうね。黒歴史って奴です」