亜津美はおそるおそる折りたたまれた書類をつまんだ。いつもと感じが違った。書類が何枚か重ね折りされているのだ。そのまま引き抜くと、チラッと振込み用紙の赤い線が見えた。振込み用紙? ゆっくりと書類を開いた。
そこには、『合格』の文字があった。
「やったー!!」
亜津美は両手を上げて飛び跳ねた。
その日の夜のこと。
亜津美はいつも通りダイニングキッチンに行った。嫌でもニコニコ顔である。食卓の上には、ご馳走が並んでいた。どれも亜津美の大好物ばかりだ。自然と鼻歌がもれてしまう。配膳を手伝おうとすると、
「亜津美はいいわよ。座ってなさい」
大皿に料理を盛り付けながら母親が言った。脇では祖母も手伝っている。匂いを嗅ぎつけたかのように、男たちが入ってきた。
食事の準備が整い、合格祝いの乾杯をした。
「亜津美、合格、おめでとう!」
グラスを合わせ、亜津美はレモネードを飲んだ。斜向かいの父親は喉を鳴らしてビールを一気に流し込むと、
「ぷはぁ、久しぶりのビールは格別だな」
口の周りに泡をつけたまま言った。
「そりゃ、そうよ。ずっと我慢してたもんね」
そう言う母親もビールを美味しそうに飲んでいる。
「そうじゃなきゃ、ご利益がないからな」
亜津美は二人が何を言っているのかよくわからなかった。
「え、お父さん、お酒やめてたの?」
「なんだ、気づいてなかったのか?」
父親はわざとらしく目を丸くした。気づくもなにも、そんな余裕などなかった。
その後のやり取りで、亜津美はやっと悟った。父親は大好きな酒を断っていたのだ。娘の合格を祈念して。
「それこそ、禁断症状が出て大変だったんだから。夜になると手が震えちゃって」
本当か嘘かわからないことを言って、父親は家族を笑わせた。
「私の場合は、コーヒーの禁断症状だったけど」
母親も手が震えるフリをした。
「オレなんか、めっちゃ、キツかったよ」
賢太郎が生春巻きを手づかみで口に放り込んだ。
「え?」
え、待って、待って。もしかして弟も何か断っていたの?
「スマホのゲームずっとやってなかった。マジ、つらかった」