8月期優秀作品
『亜津美の受験』曽我部敦史
A
暮れも押し迫った朝、19歳の川瀬亜津美はイラついていた。
同じ屋根の下に暮らす家族の動作がいちいち亜津美の神経に障るのだ。母親や祖母はまだいいが、特に苛立たせるのは男たちの振舞いだった。
ダイニングのドアを開けると、薄汚れた作業着を着た父親の背中が見えた。お茶漬けをかきこみながらテレビを見ている。寝癖のついたままの髪は妙に脂っぽい。食卓の椅子に座ると、すぐに体臭と機械油が混ざった何とも言えぬにおいが鼻をついた。
「おっ、おはよう」
うつ伏せになって寝ていたのか、妙に目を腫らした父親が枯れた声を出した。
「おはよう」
亜津美はか細い声で返事をすると、ため息をついて椅子に座った。
父親の顔をチラ見する。顔はちゃんと洗ったのだろうか、両目には乾燥した目やにがつき、汚らしいあご髭には正体不明の白い繊維がついている。
亜津美は常日頃、不潔な父親にうんざりしていた。特に所かまわずおならをするのには、正直、殺意さえ覚えることもある。
「亜津美、早く食べちゃって」
母親の方はすでにばっちり化粧を済ませている。このあとすぐにパートに出るためだ。
昨晩も遅くまで勉強していた亜津美はトーストをモソモソと食べ始めた。なんだか最近、味があまりしない。味覚がおかしくなってきたのだろうか。
「それじゃ、行ってくるわー」
父親はお茶を口に含みブクブクとゆすぐと、そのままゴクンと飲み込み、出て行った。
テーブルの上は、米粒や汁がこぼれ落ち汚れている。まるで子供だ。
入れ替わるようにして弟の賢太郎がダイニングキッチンに入ってきた。小さく、うす、とだけ言って椅子に座る。その間もずっとスマホの画面に視線を落としたままだ。
高校生の賢太郎はすでに冬休みに突入していて、能天気な顔で欠伸ばかりしている。緊張感のない間の抜けた顔を見ていると、今日一日頑張ろうとする気が失せる。そんな亜津美の気も知らぬ賢太郎は、皿にシリアルをザラザラと入れ、牛乳をドバドバと注ぐ。その間もずっとスマホを見ながらだ。完全なスマホ中毒である。
「亜津美は今日も塾でしょ?」
キッチンから母親が声をかけてきた。
「うん」