「おー、弟よ」
亜津美は弟の背中をバンバンと叩いた。ふざけてはいたが、鼻の奥がツーンとなり始めていた。
「おかげで睡眠不足が解消されたけど」
賢太郎は背中をさすりながら言った。
「お前の場合は、スマホそのものをやめた方が良かったんじゃないか」
泣きそうになっている亜津美を置いて話は進む。
「いやいや、LINEがないと、オレ、人付き合いできないんで」
これは本音だろう。今の高校生はLINEがないと取り残されてしまう。
「あ、もしかしておばあちゃんも健康麻雀行ってなかった?」
「あら、よくわかったわね」
祖母は澄ました顔で、箸を動かしていた。ちゃっかり、御猪口で日本酒を舐めている。
そうなのだ。家族は皆、亜津美のために自分の一番好きなものを断っていたのだ。自分はそのことをずっと知らずにいた。しかも、周りに散々当たり散らしておいて。自分が情けなかった。
「ああ、それから塾のお金のことは気にしなくていいわよ」
父親のグラスにビールを注ぎながら母親が言った。
「え? 大丈夫なの」
亜津美は自分の声が震えているのがわかった。こうなると、もうダメだ。
「亜津美は心配しなくていいの」
母親の声も細く揺れていた。
「ごめんな、塾までしか払えなくて。でも、亜津美、お前は本当によくがんばったよ」
父親にそんな言葉をかけられたのは初めてだった。
「ダメだ。泣けてきちゃった」
涙がたまっていくのがわかった。すぐに決壊した。亜津美は目の下を押さえた。弟がティッシュを箱ごと置いてくれた。いたれりつくせりだ。
「ほら、唐揚げ冷めちゃうわよ」
そういう母の目も少し潤んでいた。
「でも、まさか、亜津美が受かるとは思わなかったなー」
声色を変えた父親が、いきなり無神経なことを言う。
「オレも、ぜってー落ちると思ってた」
食卓に置いたスマホと見ながら弟は憎まれ口を叩いた。
「うるさいよ、おまえは」
亜津美は弟の背中を思いっきり叩いてやった。
でも、今はそれが心地よかった。
つい数週間前までは、煩わしいだけの家族が今はとんでもなくありがたいものに思えた。亜津美は鼻をすすりながら、おいしい料理をほうばった。