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第一関門であるセンター試験を終えた1月終わりのことだった。
いつものように自習室で勉強していると、背中をとんとんと叩かれた。振り返ると塾長だった。手招きをしている。亜津美は席を立ち別室までついて行った。
「あのさ、川瀬。国立大に挑戦してみたらどうだ? まだ間に合うところもあるぞ」
塾長は前置きもなくいきなり切り出した。
センター試験の答え合わせをすると、亜津美は予想以上に高得点を出していたのだ。
しかし、亜津美の本命校はあくまで、東京の有名私立大学だった。
「国立大なら奨学金制度の世話にならなくてもいいかもしれない。それはお前自身にとって大きいことだぞ」
腕組みをして自分のことのように頭を悩ませている塾長を見ていたら、急に鼻の奥がうずいてきた。なんだろう、そう思った矢先、勝手に涙があふれてきた。亜津美は慌てて目の下を押さえた。何だか、最近妙に涙もろくなった。
「どうした?」
塾長も少し驚いたようだった。
「塾長は本当に私のこと考えてくれてるんだなあって、ちょっと感動しちゃって」
「何言ってんだ、お前。みんな、お前のこと考えてるんだ。家族だって、仲間たちだって」
家族? そうなのだろうか。うちはみんな自分のことでいっぱいいっぱいで私のことなんて考えてくれてない。
「国立大のことはちょっと、考えさせてください」
亜津美は頭を下げ、部屋から出た。仲間に泣き顔を見られたくなくて、トイレに行った。鏡で自分の顔を見た。目の下がぷっくりと赤く腫れていた。
※
結局、国立大の受験は見送った。ずっと目指していた私大は、やはり魅力的だったのだ。
そして、2月の中旬。亜津美はついに本命校の受験日の朝を迎えた。
目覚めは悪かった。頭がボーッとする。明らかな寝不足だ。
塾長からは、前夜はゆっくりと風呂に浸かり、早く寝るよう言われた。実際そうしたが、緊張のため眠れなかった。早く眠ろうと焦って余計眠れなくなる悪循環。ようやく眠れたのは夜中の一時すぎだった。深く眠れた矢先に目覚ましがけたたましく鳴った。
試験は都内のキャンパスで実施される。地方からの受験生の多くは前日に都内に入り、ホテルに泊まるが、亜津美は家から新幹線で向かうことにした。これも経費削減だ。
窓の外をのぞいてみる。冬の早朝は暗かったが、天気は良さそうだった。下に降りて何度も顔を洗った。ダイニングキッチンに行くと食卓にはすでに朝ごはんが並べられていた。
「おはよう」
「あ、おはよう。眠れた?」