亜津美もこれ以上親に負担をかけたくなかった。今行っている塾の費用は、前借りということにしている。だから亜津美は週に二、三回パン屋でアルバイトをしているのだ。
亜津美の希望は、第一志望の都内の有名私立大学に入り、ひとり暮らしをすることだった。そして、都内の会社に就職し、奨学金も返済し自立する。十九歳の亜津美にとって、自分の住んでいるところは、田舎過ぎて退屈だった。
「ごちそうさん」
早飯食いの賢太郎が立ち上がった。
「たまには皿くらい自分で洗えば? どうせ一日、暇なんでしょ」
亜津美は弟に対してつい口が出てしまう。
「いや、でも皿一枚だけ洗っても効率悪いじゃん。洗うときはまとめてやらないと」
賢太郎は屁理屈を言った。弟は口が達者だ。それに妙に要領のいいところもある。高校受験のときもそれほど苦労していた記憶はない。こう見えて成績はけっこう良いらしい。こういうところも亜津美は気に食わなかった。
朝食をようやく食べ終えた亜津美は父親と弟の食器をシンクに運ぶと、塾に行く身支度を始めた。
「おばあちゃーん。行ってくるね」
準備が整い、玄関の前で声をかけると庭の方から返事が聞こえた。小さな庭に置いてあるプランターの手入れでもしているのだろう。
上り框に座ると、亜津美のスニーカーがきちんと並べてあった。祖母がやってくれたのだろう。だが、今日の服装にはムートンブーツを合わせたかった。亜津美はスニーカーをそっと靴箱に戻すと、家を出た。
B
元旦は薄曇りで風の冷たい日だった。
学業成就で有名な神社は鳥居の外まで行列ができていた。
入試を控えた亜津美は正月気分にとてもなれそうになかった。リビングでゴロゴロしている家族を目の当たりにしたら、イラつくこと必至である。だからといって部屋で勉強する気にもなれない。どうせ、くだらない正月番組を見て笑っている父親と弟の声が気になって集中できないに決まっている。
結局、亜津美は予備校の仲間たちと初詣に行くことにしたのだ。
「家族ってホント、面倒くさいよね。わかる、わかる」
亜津美の愚痴を聞いていた仁美さんがしかめっ面をしながら激しく同意した。こういう共感を亜津美は求めていた。気持ちが少し清々する。
「まあ、私の場合、面倒くさくになるたびに家出して、私が家族に面倒かけてたけどね」
気合の入ったメイクに、スカジャン姿が妙に似合っている仁美さんは、25才だ。