小説

『黒いパンプス』大前粟生(『シンデレラ』『ラプンツェル』『金太郎』)

ツギクルバナー

 ラプンツェル科の子たちはとても髪が長いし、長い髪を支える彼女たちの首の筋力はすごい。彼女たちの髪の上に乗った私たちをひきずりながら歩けるほどの首の筋力だから、私たちは小銭を払って彼女たちをタクシーのように使う。といっても、私たちだって人を選んでタクシーにしている。本気のラプンツェル志望の子たちの首を太くするなんてことは同じヒロイン学部の生徒としてできっこない。その代わりもうラプンツェルになるのをあきらめた子たちや、はなからラプンツェルになれそうもない子たちの髪の上にはみんな容赦なく乗る。
 この学校は実力主義だ。ヒロインになれば予定調和かと思えるほどにうまくまとまったハッピーエンドを迎えることができる。そのようなことが入学案内のパンフレットに書かれてあった。そうならなければヒロインではないのだ。母さんは私にハッピーエンドを迎えてほしくて私をこの学校に入れようとした。私も、特にやりたいことがあったわけじゃなかったし、ヒロインは小さい頃から私の、というより、私たちみんなのあこがれ、ってされている空気があって、「将来の夢はシンデレラ」って小さいときにいったことがある。
 物心ついたときから父さんがいなくて、母さんは私をこの学校に入れるためのスクールに通わせるために昼夜問わず働いた。「ヒロインになってあんたを捨てた父さんを見返してやるのよ」って母さんはよくいっていて、そういうときの母さんはほとんど狂信的と思えるくらいだったから、でもヒロインってなんか男の人ありきみたいな感じがして嫌だ、なんてことはいわなかった。私を捨てた父さんじゃなくて、母さんを捨てた父さんを見返したいんでしょ? そのためになんで私ががんばらないといけないの? なんてこともいわなかった。
 でも、私はこの学校を受験した。その頃の私はまだ由緒正しいこの学校の生徒であるということがステータスだと思っていたから。私個人がどう思おうと、ヒロインになるということはみんなに認められる気持ちのいいことだと思っていたから。
 そして私はこの学校の生徒となって、何年かが過ぎた。たまに学科の子たちと撮った写真とかフェイスブックを見返すと、入学したての私はなんて無知で、かわいかったんだろうと思う、頭に浮かぶ選択肢の数も、見た目も。私はもう最終学年だけど、シンデレラの夢をあきらめてはいない。正直、私はいい線いってる。でもそれと同時に一般企業への就職活動をしている。それは嫌なことだ。本当はシンデレラだけを目指したいけど、シンデレラになれなかったときのことを考えて、夢があるのに、そのことだけを考えはせず、ダメだったときのことを考えて、就活をしている。そして就活もうまくいっていない。
「へぇ、あそこの学校にいるんだぁ。じゃあ、ちょっとさ、ヒロインらしいことしてみてよ」なんて、面接官たちはいう。それってパワハラなんじゃないかと思う。ヒロインらしいことなんて、当の私たちにもよくわからない。王子さまにキスされて生き返ること? いじわるな魔女を懲らしめること? ハッピーエンドを迎えること? 私はよくわからなくてとりあえずシンデレラがガラスの靴を落とすところをしてみる。リクルートスーツを着た私がパンプスを片方落っことしても、ただつまづいただけみたいになる。だれも追いかけてきてくれない。面接官たちは苦笑いする。

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