小説

『黒いパンプス』大前粟生(『シンデレラ』『ラプンツェル』『金太郎』)

「御社を志望した理由は、御社の業務が子どもたちに夢を与えるからです――」
 模擬シンデレラ実習が終わると、私は学校でリクルートスーツに着替えて面接に向かった。就活生の大半が内々定を決める時期だというのに、私はまだひとつももらっていない。
「棚橋さんはシンデレラ科にいるそうですが、少し、シンデレラらしいことをしてみてくれませんか?」
 きのうも、おとといも同じような台詞を聞いた。おとぎ話みたいに繰り返される。
「わかりました。シンデレラがガラスの靴を落とすところをします」と私はいう。
 その場で、十二時の鐘が鳴る音を口でいいながら、急いで階段を降りるふりをする。あっ。パンプスが脱げた。一番発言権を持っていそうな面接官を王子に見立て、私は悲しげな顔をして、その場から立ち去るふりをする。リクルートスーツを着た私がパンプスを片方落っことしても、ただつまづいただけみたいになる。だれも追いかけてきてくれない。面接官たちは苦笑いする。
「でも、原作のグリム童話の『灰かぶり姫』では、王子が階段にヤニを塗ってゴキブリみたいにガラスの靴をホイホイするんですよ」
「そうですか。はい。ありがとうございました。先ほど志望動機で、夢を与える職業、と仰られていましたが、もう少し掘り下げた意見をお聞かせ願えますか?」
 私は息を切らしながら答える。

「失礼しました」といって私は部屋の扉を閉めた。
 その企業が入っているビルの、あまり清潔ではない階段を降りている途中、私はパンプスを面接会場に忘れてきたことに気がついた。「職業病だ」とひとりつぶやく。でもこんなことははじめてなので、後ろからだれも降りてきていないことを確認して、片方だけパンプスのない黒いストッキングの写真を撮って、
〈今までにシンデレラの演技しすぎてガラスとかそんなん関係なしに靴脱げても気づかんことに気づいた〉というようなことをあとでツイートしようと思って階段を引き返すと、面接会場のなかから笑い声が聞こえてきた。
「どうせなら、衣裳を持ってきてください、って前もって発信しておけばよかったね」面接官のだれかがいった。
「それで、この場で着替えさせるとか?」
「仮にもヒロイン志望だもんねぇ」
 パンプスを置き去りにしたまま廊下を駆け、階段を降り、ビルを飛び出した。

「ごきげんよう。ねぇ、サキ、お金貸してくれないー? もうATM閉まっててさぁ。パンプス片方なくしちゃったんだよねー」部室の扉を開け、私はいった。
「ごきげんよう。コンビニで下ろせばいいじゃん」サキがいった。

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