小説

『黒いパンプス』大前粟生(『シンデレラ』『ラプンツェル』『金太郎』)

 私はため息をついて、空気をたくさん吸いこんだ。
「なにそれ、ケンジが金太郎目指すことは私の問題じゃないじゃん。ケンジの問題じゃん。え、なに? 私もいっしょにがんばらないといけないの? 恋人だから? もしかして女だから? 私が保険のために、というかもう夢をあきらめることを選択肢に入れた上で就職しようとしていて、ケンジは一途に夢をあきらめないから? 私の夢をあんたに託すの? 支えたらいいの? ケンジが金太郎の練習に専念できるように月2くらいで熊と相撲取れるように手配したらいいの? なんで? ケンジの夢は私には関係ないじゃん。自分の一番大切なことを、だれかと分かち合おうなんてしないでよ。どこまでも徹底的に、恋人のことなんか忘れるくらいにストイックになってよ。夢をあきらめた私にさぁ、やっぱり夢をあきらめて40年間一般職に就く道選んでよかった、って思わせるくらい、目標のために苦しんでよ。私に未練を残させないでよ。血へど、吐くくらい苦労してる姿見してよ」
「あ、あの」
「うるさい。今、私が話してるの。この私が。シンデレラ最終候補までいったけど惜しくも本シンデレラにはなれず、審査員特別シンデレラにもなれず、準シンデレラ止まりで、準シンデレラになったからといってなんのオファーもなくて反響といえば学内文芸サークルからインタビューを受けただけ、しかもそれも準シンデレラだからというよりは審査のときに私がスティーブン・キングのものまねしたからきた仕事であって、誌面では結局〈スティーブン・キングのものまねをする棚橋未夏さん〉って書かれただけの、私が、私が話しているの。わかった?」
「……うん」
「私はさぁ、ケンジが金太郎になりたいんなら、ちゃんと金太郎になってほしいわけ。そりゃ、すごい確率だよ、でも、関係ないよそんなの。金太郎になるか、金太郎にならないかだよ。金太郎以外のことを欲張ってちゃだめだよ。夢と恋愛をいい感じで両立させてちゃ、翁になっちゃうよ? 気がついたら翁役にまわされて、それに甘んじちゃってる自分がいるんだよ? それか講師、うちの学校の講師ならまだましかもだけど、駅前のスクールとか通信教育の指導講師とか、そんなの嫌だよ。でも、たいがいの人はそうなっちゃうの、知ってるでしょ? 業界が同じだからまぁこれでいいかって妥協したり、実家に帰って親の自営業継いだり急にエコとかロハスに目覚めて農村にいってみたり地域性のある素材を使ってアクセサリーを作って手作り市とかで売ったりさ、ケンジはその人たちとはちがうよ。ケンジに才能あるの知ってるから、私。嫌々やってたのかもしれないけど、ケンジの桃太郎だって私はすごく好き。あんなにきびだんごをおいしそうに食べるんだもん」
「あ、ありがとう」
「ケンジは、もっと自分の目標のために非道にならなきゃ。いちいち、なにかあったからといって、なにもないからといって、私に会いにきたりしちゃダメだよ」
「え? なに、その流れ。別れるの? おれたち」

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