「カムパネルラ、牛乳が届いてる筈だから取って来て頂戴」
お母さんにそう言われて、カムパネルラは少し嫌だなと思いました。でももしその理由をお母さんに訊かれてしまったら、答えることができないので、黙って取りに行きました。牛乳はいつも、玄関を出てぴったり三歩のところに置いてあります。カムパネルラが牛乳を手にしようとしたとき、猫の鳴き声がしました。カムパネルラは猫に触りたいと思い、聞き耳を立てて辺りを窺いました。カムパネルラは猫が好きでした。フワフワして柔らかくて、何より大人しいところがかわいいと思いました。少しかがんで、鳴き真似をしてみましたが、猫が寄って来る気配はなく、どこにいるのかわかりません。しばらく探していると、肩を何かがかすめました。足にも当たりました。それから、クスクスと笑い声が聞こえてきました。カムパネルラはハッとしました。恥ずかしくなって、もう猫のことなどどうでもよくなって、牛乳を取るとすぐ家に入りました。
「ありがとう。でも何をしていたの?やけに時間がかかったわね」
お母さんが言いました。
「猫がいた」
カムパネルラは短く答えました。
「触ったの?ならちゃんと手を洗っておきなさいね」
「うん」
「ねぇ、あなた・・・今日はお祭りだけれど、用を済ませたら一緒に行きましょうかね?お母さん、随分長いことお祭りには行っていないし」
気づかいを隠すようなその高い声に、カムパネルラはとても申し訳ない気持ちになりました。
「僕、行きたくない」
カムパネルラがぶっきらぼうにそう答えると、お母さんは「そう」と一言、静かに言いました。
その晩カムパネルラは、布団の中で声を殺して泣いていました。最近は学校も休みがちになっているので、これ以上心配をかけてはいけないと、お母さんの前では堪えていましたが、本当は今朝笑われたことが、悔しくて悲しくてたまらなかったのです。お母さんにお祭りの話をされたことも、ありがたくて申し訳なくて、でもそんな話はしないでほしかったという気持ちもあり、想いがこんがらがってしまっていました。お祭りなんて、楽しむことなど、自分とは無縁のものだと、カムパネルラは思っているのでした。涙はなかなか止まらず、そのうち、疲れてうつらうつらしてきました。しかしそのとき、何か聞こえた気がしました。カムパネルラは眠気の纏わりついた意識の中、なんとか耳を澄ましてみました。すると、なにか放送が流れているようでした。こんな時間に、何かあったのだろうか?と考えていると、今度はゴトンゴトンという音がします。それは、列車の走る音の様でした。