小説

『ジョバンニの弟』和織(『銀河鉄道の夜』)

「あなたは、ずっとここにいるのですか?」
「はい。旅をして、君のお兄さんは戻り、僕はここに残りました」
「どうして?」
「ここで祈る為です」
「どうして祈るのですか?」
「それが僕の役割であり、さいわいだからです」
「さいわい?」
「はい」
 カムパネルラはその言葉をきいて、その青年の存在がとても尊いもののように思えてきました。だから、自分の兄がここを去ったということに、どうも納得がいきません。兄さんはどうして帰ってしまったのだろう。ここはこんなに素晴らしいところなのに。
「僕もここで、あなたのように祈りたいです」カムパネルラは言いました。「僕祈ります。ここでなら僕、役に立てるでしょう?」
 青年は黙ったまま、しばらくカムパネルラをじっと見ていました。それでカムパネルラは、何かいけないことを言ったのだろうかと、だんだん気まずく感じてきました。
「残念ながら、ここは君の居場所ではないのです」
 青年は言いました。
「どうしてですか?」
 カムパネルラは胸が痛くなるようでした。そんな筈はないと思ったのです。むしろやっと、自分の居場所を見つけられたような気がしていたのでした。
「僕一生懸命に祈ります。ここでは僕めくらじゃありません。役立たずじゃありません」
「けれど君」
 そう言って青年は開いていた窓を下ろしました。そこに、青年の顔が映ります。カムパネルラはそれを見てハッとしました。そうか、では自分の姿も、そう思って窓を見てみましたが、窓の中をいくら探してみても、青年の隣には誰もいません。青年はまた、窓を上げました。
「在るべきものだけが、あるべき場所に在るのです」
「でも、でも、僕あそこではいつも独りでした。友達だっていません。家族の役にも立ちません。それならいっそもうみんなに会えなくなったとしても、ここでお祈りしている方がよっぽどじゃありませんか」
「では君は何の為に祈りますか?」
「それは・・・もちろん、みなのさいわいです」
 とっさにそう答えましたが、本当のところ、それが一体何なのか、カムパネルラにはわかりませんでした。

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