小説

『ジョバンニの弟』和織(『銀河鉄道の夜』)

「あれは、なんですか?」
「星々ですよ」
「星?夜空にあるというあの星ですか?」
「ええ、そうです」
「では僕は今、空にいるのですか?」
「そうですね、ここは銀河です」
「銀河・・・・・」
 そういえば、自分がもっと小さくて、ジョバンニ兄さんがまだ家に居た頃、よく銀河の話をしてくれたなと、カムパネルラは思い出しました。学校に上がる前のことで、内容は難しくてよくわかりませんでしたが、兄さんは星々がとても好きなのだなと感じたことは覚えていました。それなのに、学校に入ってからクラスの子供たちにめくらを笑われるようになって、どうせ自分には見えないのだから、何の役にも立ちはしないと、星の話を聴くのをすっかりやめてしまったのでした。それを思い出して、ああ、自分はなんて意地が悪いのだろうと、カムパネルラは思いました。
 そのとき、窓の外をたくさんの光が通り過ぎて行きました。カムパネルラは驚いたと同時に、一瞬で過ぎてしまったその光を、怖さを忘れて窓にしがみついて振り返りました。
「今のは一体なんですか?」
 まだそちらへ目をやったまま、カムパネルラは青年に訊ねます。
「あれはりんどうです」
「りんどう?あれが?」
 カムパネルラはまだしばらくりんどうを見つめていましたが、それが遥か彼方になってしまったので、窓から出していた顔をやっと引っ込めました。
「花というのはみんなあんな風なのですか?」
「同じではありません。花はさまざまで、それぞれの美しさがあります」
 そう言うのをきいて、カムパネルラはやはりあれも美しいのだ、自分の感じたことは合っていた、と思い、嬉しくなりました。
「僕も、あれが美しいと思います。あなたも、綺麗です」
 カムパネルラは勇気を出して言ってみました。
「そうですか。それはどうもありがとう」青年はそう言って、また優しく笑いました。「君のご家族はみなさん、お元気そうでなによりです。お母さまもすっかりよくなられたようで」

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