小説

『ジョバンニの弟』和織(『銀河鉄道の夜』)

「瞼を上げて御覧なさい」
 突然誰かの声が聞こえて、カムパネルラはびっくりして飛び上がりました。その拍子に意図せず瞼が開きました。その一瞬、もっともっとびっくりするようなことが起こりました。なにか、見えた(・・・)気がしたのです。でも、そんな筈はないと、今起ったことを直ぐに否定しました。そんな筈はない。だって僕は、生まれつきのめくら(・・・)なのだから、と。しかしそう言い聞かせても、怖くて、まるで目の見える人のするように、瞼を固く閉じてしまいます。こんなのは、初めてのことでした。
「怖がらなくて大丈夫。ここにあるものは、君にも見ることができます。さぁ、目をあけて」
 また、先ほどの声がしました。とてもやさしそうな、青年の声です。
「・・・あなたは誰ですか?」
 カムパネルラは恐る恐る訊ねました。
「僕は君のお兄さんの友人です」
「え?ジョバンニ兄さんの?」
「はい。いつもは花畑にいますが、君がこちらへやって来たので、迎えに来ました」
「やって来たって、でも、僕は家に居たんです。それに汽車に乗る為の切符だって持っていやしません」
「切符なら、持っている筈ですよ。ポケットを御覧なさい」
 そう言われて、カムパネルラは寝巻のポケットを探ってみました。すると不思議なことに、どこで手に入れたのか、はがきくらいの大きさの紙が出てきました。よくよく触ってみると、それは四つ折りになっています。カムパネルラはそれを開きながら、随分大きな切符だなと思いました。何か文字が書いてあるかもしれませんでしたが、自分には読める筈もないので、また畳んでポケットへしまいました。
「本当に、これが切符なのですか?」
「ええ。それは永遠の乗車券です」
「でも僕本当に、確かに布団に入って眠ったんです」
「では、これは夢でしょう」
「夢?」
「はい。君の夢です」 
 そう言われると、カムパネルラはそれはそうかもしれないという気分になりました。夢だとわかっていても覚めないことが不思議でしたが、それなら、会ったこともない兄の友人も、ただの自分の想像の産物と納得できます。しかしそれにしても、一つおかしなことがありました。

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