小説

『ビルの木』早乙女純章(『注文の多い料理店』)

『ビルの木』がたくさん立っている森は、『トカイの森』と呼ばれています。
『ビルの木』は一様に四角く、背は異なれど、どれも空を押し上げるほどの高さです。全身灰色で、さわると岩石みたいにかたく、ざらざらとしています。ところどころ開いた穴からは、ガラスという透明な樹皮が生えていす。中を覗こうと思えばそこから中を覗けます。幹に枝はなく、葉っぱも一枚もつけていません。枯れ木というわけではなく、年中丸裸のような姿なのです。
『トカイの森』の中を幾筋も枝分かれして伸びる道には、『くるま』という猪か熊に似たような動物が、大きな体を窮屈そうに寄せ合って、忙しく行き交っています。時々煩く鳴いて、白い土煙を上げていきます。
 太陽は背の高いビルの木の陰になってほとんど見えません。
 このトカイの森に、鈍く輝くビジネススーツを着た若者が二人、そして小さな男の子がひとり、合わせて三人がやってきました。
 若者二人は、『ダイガク』という町からやってきて、ビルの木を見上げて力強く両腕を振りました。
「うおっしゃ! 『トカイの森』に到着だ」
「へへ、『ダイガク』で常に一流の道を歩いてきたおれたちだ」
「今まで生きてきてよぉ、なんにでも勝って勝って勝ちまくってよぉ、負け知らずのおれたちだ」
「ここで暮らしてる全ての生き物に知らしめてやろうぜ、おれたちの力をよ」
「おうよ、おれたちにはよぉ、できないことなんてないんだもんな」
 二人は恐いものなしといった顔で勇み声を上げました。
 

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