小説

『ビルの木』早乙女純章(『注文の多い料理店』)

「言っていることがよく分からないな」
「もちっと分かるように言ってくれ」
 文句を言うように壁を蹴ったり叩いたりしました。
 すると、また声が聞こえてきました。
「ビルになるには、それなりの栄養が必要なのだ。これだけの葉っぱを、体に吸収させるには、優秀な人間の体が一生分必要なのだ」
 突然、天井と床から、巨大なけもののキバが現れました。
「な、なんだ、ありゃ!?」
「さあ、わたしが周りに負けない優秀なビルになるために、その体をわたしに捧げるのだ」
 鋭く尖った獣のキバが二人に襲い掛かってきます。
「箱がビルになるため命まで捧げるなんて、そんなのできるわけないじゃないか」
「逃げろ、今すぐここから逃げるんだ」
 二人は犬のように手と足を必死に動かして、扉に向かいました。
 けれども自分たちで運んできた葉っぱが邪魔をして、うまく前に進めません。
「さあ、その体を、一生この箱に捧げるのだ。なあに、恐いことじゃあない。お前たちがさっきまでしてきたように、わたしのために必死に体を動かして、働いてくれるのと、同じことだと思えばいい。わたしを優秀なビルにしたいのだろう?」
 巨大なキバは二人をすっかり挟みました。
「た、助けてくれ」
 二人は真ん中で抱き合い、がたがた震えて、泣いて助けをこいました。
 けれども、迫るキバは聞く耳を持ちません。
 

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