女なら、一度は童話のお姫様に憧れるものだ。その美しさで世の男性たちを惹きつける、最高にドラマティックなヒロインたち。けれど彼女たちの美貌は、幸せばかりを運んでくるとは限らない。王子様と結ばれたシンデレラはともかく、かぐや姫など幼少期を除いて笑顔になれた日があったのだろうか。望まない求婚を受け続けた挙句、親と離され月に連れて行かれた彼女は、最後に何を思ったのだろう。
ダイニングルームは薄金の朝日に満ちていた。姉妹と間違われるほど美しい母が、キッチンで洗い物をしている。澄んだ鼻歌が部屋を満たすこの朝のひとときは、美月が心から幸せを感じる瞬間だ。
お城とまでは行かないが、美月は家もお気に入りだった。家具はどれも母がこだわって選びぬいたものだ。クラスメイトの誰より広いこの家は、近代的な美しさとセンスに満ちている。
――だけど。
「あっ、み、美月ちゃんおはよう」
イタリア製の白いダイニングテーブルも、熊のような大男がいては台無しだった。ナイフとフォークでベーコンエッグを食べるより、手づかみで蜂の巣を丸かじりする方がお似合いの風体だ。
「……あっちで食べようっと」
美月は聞えよがしに言い、熊男の前に置かれた自分用の朝食を華奢な手で持つ。テレビの前にある小さなリビングテーブルに置いて、継父に背を向けた。こんもりとした背を丸め項垂れているのが、見なくても分かる。がみがみと父親風を吹かされるのは嫌だが、十五の小娘にすら言い返せないのも嫌だ。大男がうじうじとしているのは、見るだけでイライラする。
「こらっ、意地悪しないの!」
キッチンに立つ母が、察したように一喝した。流れるようにうねる髪が、肩からはらはらと滑り落ちる。形の良い眉を吊り上げ娘を見るが、そんな母をなだめるのは、いつだって継父の役目だった。