小説

『かぐや姫へ、愛を込めて』メガネ(『かぐや姫』)

「むしろ牽引する方でしょ。大体あんな熊男、どこの継母が虐められるのよ」
「またまたぁ、現在進行形で苛めてるくせにー」
「……ウザいから無視してるだけだってば」
 何となく居心地が悪くなり、美月は言葉を濁した。シンデレラの継母のように、いわれなき虐めなんてしていない。だけど、いきなり現れて「父です」なんて言われても、すんなり受け入れられるわけないじゃないか。
「でもさー。正直、美月の新パパみたいなのが来たらあたしも引くな。もっと選びようあるじゃん、イケメン連れてこいよって」
 思っていたことではある。が、ユキの口から言われると、美月は妙に腹立たしかった。
「……べつに、顔とかじゃなくて」
「んじゃ金?」
「そうでもなくて」
「だよねー、美月んち金はあるもん。あ、もしかしてさあ、財産狙いだったりして!」
「もう良いよその話は」
 不機嫌に吐き捨てて、朝と同じ険しい顔つきになる。ユキはきょとんとしていたが、すぐに昨日のドラマの話に移った。思ったことをそのまま口にするのは、彼女の長所でもあり短所でもある。けれど美月は、彼女ほど気持ちの切り替えが早くはない。あの俳優カッコイイよね、と口では話題に乗りながら、心の奥では先ほどの話題がとぐろを巻いていた。

***

「ただいま」
 靴を脱ぎながら、独り言のように小声で帰宅を告げる。すると美月の声より数倍も大きい音を立てながら、どたどたと賢治がお出迎えをした。巨体にピンク色の三角巾とエプロンを付けている姿は、洋服を着せられたサーカスのクマを思わせる。
「おかえり美月ちゃん! あのさ、今日はシチューなんだけど、普通のフランスパンとガーリックトーストどっちが――」
「どっちでもいいです」
 目線も合わせずに横を素通りした。彼は美月の母が社長を務める家具屋で働いてはいるものの、社長である母よりも帰宅が早い。意外と料理が上手いのもあって、夕食は賢治の担当になっていた。
 

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