小説

『かぐや姫へ、愛を込めて』メガネ(『かぐや姫』)

「まあまあ紗江さん。こんな暑苦しい男、起きぬけに見たくないのは分かるよ」
「賢治さんはもう美月のパパなのよ。私だって、自分の夫が馬鹿にされてるのを見て黙ってられないわ」
「すぐに僕を認めちゃったら、前の旦那さんが浮かばれないじゃないか。美月ちゃんは義理がたい子なんだよ、ねっ」
「浮かばれなくて結構! 今ごろ浮気してた女とくっついて、大いに浮かれてるでしょうよ」
「さすが紗江さん、上手いなあ。僕もうかうかしてられないなんて。ほらほら、浮かれると掛けてみたんだけど、どうかな?」
 ――こっち見んな。
 視線を感じ、美月は鼻の頭に皺を寄せた。こんな男が三十八歳だなんて、しかも母の二歳下だなんて、未だに信じられない。もっと若々しくてスマートな五十歳だっているだろうに、どうしてこんな。
 美月は黙々と朝食を済ませ、家を出た。行ってらっしゃいの声も、賢治のものには答えない。母親譲りのぱっちりとした目が、今は険しい光を帯びている。黒のミディアムヘアをふわふわと跳ねさせながら、彼女は大股で学校へと向かった。

***

「逆シンデレラじゃん」
 下校途中、ユキが茶化したように笑った。浅黒い肌とふくよかな体格は、美月とは正反対だ。
「松宮家具の女社長と結婚なんてさあ、まさに逆玉って感じ。美月のママはどこに惚れたわけ?」
「知らないよそんなの。魔女に目が悪くなる魔法でも掛けられたんじゃないの」
 投げやりな答えに、ますますユキがはしゃいだ。
「あの体格ならガラスの靴なんて木端微塵だよね。カボチャの馬車すら踏みぬきそう」
 

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