小説

『ピエロと蜘蛛の糸』阿倍乃紬(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 蜘蛛の糸が降りてきなさった!
 興奮する頭とは裏腹に、私たちはじっと動きを止めて頭上に揺れるそれを見つめた。誰もがあの糸によってこの世界から脱出することを夢見て暮らしている。愛おしいあの繊細な糸に、できることなら全力で絡みついていきたい。しかし現実は、身体を強ばらせ息を潜めて糸の行方を見守るばかりだ。糸は絶対的な力で前後左右に動き、しかるべき場所にこそ降りてくる。幸運な者はそのまま糸で引き上げられ、優雅にこの世界を脱出していく。しかし場合によっては、私たちの身体が愚かにももつれ合うせいで引き上げること叶わず、糸は誰の重みも持たぬまま無情に遠ざかっていくこともある。下界の無力な者たちは、阿呆のように空の糸を見送るしかない。私たちはその神々の戯れのひととき、決して身じろぎしたり声を発してはならない。私たちは、「ぬいぐるみ」であるから。
 K市の西側を走る私鉄駅、その駅前に昔ながらの商店街がある。アーケードは途中で何本かの分かれ道もあるが、道の延べ長さといえばだいだい百メートルくらいのものだ。小さな商店街の中、一番駅から離れた端にくたびれた小さいゲームセンターがある。日中でも薄暗い店内を覗くと、フロアの真ん中に二台のホッケー、右側には五台ばかりのカーゲーム機、左手前にはプリクラ機、そして左奥に二台のクレーンゲーム機が据えられている。ホッケーとカーゲームはあちこち手垢で薄汚れているのに、プリクラの機械だけは数ヶ月に一度最新版に変更されているためいつも清潔だ。
 クレーンゲームの片方は流行のキャラクターがテーマを変えて出たり入ったりしており、もう一方は、訳あり品が乱雑に詰め込まれていた。訳あり品というのは縫製粗悪の型落ち品、玩具屋での売れ残り品といったもので、従ってディスプレイの中は全く無秩序で雑多な具合だった。
 

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