小説

『ピエロと蜘蛛の糸』阿倍乃紬(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

「俺は、人間の鞄にくっついて、毎日色んな世界を見るんだ」
 スイカ程のばかでかいカバは言った。ピエロは皆の口々に語る夢に、じっと耳を傾けていた。私はそろそろ話をしめくくろうと思った。
「そして、俺は暑くも寒くもない快適な家で、静かに暮らしたい。こんなところ、くさくさして仕方がないからな。どうだ、ピエロ。皆必死なんだよ。お前にも欲があるといいんだが、何か夢はないのか」
 ピエロはここで、私たちの顔を一体一体見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「あります、僕の夢」
 大概遠慮深いピエロなので、少しためらいがちな口調で話し始めた。
「生まれたとき、僕の夢はテディベアになることでした。柔らかくて、人間に愛される、愛らしい見た目のテディベアが、僕の憧れでした。初めて自分の姿を見たときは、すごく衝撃でした。第一僕はくまではないし、皆さんごらんの通り、身体の色はけばけばしい」
「僕の夢は、他の人を愛し、幸せな気持ちにすることです。テディベアにどうしてなりたかったのか、自分なりに考えました。テディベアは、人間と長く一緒に暮らし、思い出を共有し、そしてきっと人間を暖かく優しい気持ちにします。そこに憧れたのだと思います。僕もぬいぐるみに生まれたからには、人間を幸せな気持ちにしてあげたいのです。僕を望む人のそばにいて、見守って、幸せになってもらいたいのです。それが僕の夢です」
 ピエロが一続きに言い終えると、おどおどと恥ずかしそうに、すみませんと締めくくった。
 私たちはピエロの演説にすっかり興がそがれた思いだった。ピエロの思いも分からぬ訳ではないが、私たちはもっと俗物志向だった。礼儀正しく親切なピエロが、私はますます理解できなくなった。
 己の夢を語ってから、ピエロの振る舞いは一層控えめになった。糸が自分の近くに垂れてくると、少しずつ腕や脚を伸ばして近くの者の身体をつつきあげてやる。弾みのついた身体は糸に引っかかり、そのまま安定して出口まで運ばれていく。お節介が過剰な場合には、人間がゲームを始める素振りが見られると、途端に仲間たちの下に潜り込んでしまう。その後は糸の行き先までぬいぐるみの間を這って移動し、目当てらしきぬいぐるみが糸に引っかかるよう、大胆に下から押し上げる。
 

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