賢治は、手元の五十音表を幾分か持て余しながら、その人物が来るのを待っていた。
「今お連れしますからね。こちらから担当サポーターをご紹介できるのは今回が最後になりますので、くれぐれもそのおつもりで。」
「分かっているよ。気を付ける。」
過去2名の“サポーター”との間の出来事を思い出すと、彼に苦々しい気持ちが広がった。
彼はつい半年前まで、テレビのひな壇の常連としてお茶の間を賑わす、いわば時代の寵児であった。長く売れない下積み時代を経ることはや十数年。背水の思いで出場したお笑いコンテストで思いがけずタイトルを獲得し、芸人として一気にスターダムを駆け上がったのだった。
「今のお前は覇気色のオーラをまとってるねん、分かってるか。この数週間できたチャンスはすべてものにするんや。あのXXみたいに、地方の飯屋の店長に落ち着きたいわけじゃないだろう。期待しとるで。」
コンテスト優勝の直後、事務所の社長からかけられた激励を思い出した。XXというのは、つい先日、静岡の飲食店へ勤めるために事務所を退職していった先輩芸人だ。売れない芸人達が、大御所芸人がオープンさせた飲食店のスタッフポジションを提供され、そのまま地方に沈んでいくというのは、この世界では珍しいことではなかった。賢治は自らの野心の赴くままに、事務所が用意した殺人的なスケジュールを死に物狂いでこなし、ようやく日の当たる場所へ躍り出たという自負があった。
当然、犠牲にするものも多かった、
「悪い、もう終わりにしたい」