そう夏子に切り出したのは、新進気鋭のモデルとの記事が週刊誌に抜かれた翌日のことだった。貧しい下積み時代から、心身ともに支えてくれた夏子を振るにはそれ相応の覚悟がいったが、当時の自分にはその先に見える栄光の道筋の方が眩しく魅力的に映ったのだ。
「いい時も悪い時も、賢ちゃんのそばにいたのは私だよ。私以上にあなたを理解できる人がいるとは思えない。」
涙をいっぱいに溜めたその目は、困惑と悲しみが入り混じって夏子の目元を黒々と濡れていた。当然、夏子との仲を知っていた古い友達には責められたものの、それも成功者の背負うものと割り切った。むしろ、自身のステージが上がったのなら、これまで通りの人間関係に甘んじていてはダメだ、という思いが彼を支配していた。
それが崩れ去ったのが半年前。あるバラエティー番組のドッキリ企画で、彼は両目の視力を失ってしまった。だが、断っていればよかった、とは思えない。落とし穴にはまる瞬間、顔面に得体のしれない煙を吹き付けられる瞬間、カメラのスポットライトが当たるのは、その芸人ただ一人だけなのだ。自分が脚光を浴びる瞬間を、それも自分自身を商品として売らねばならない芸人が、どうしてその栄光を拒否できるだろうか。スターがスターであるがために必要な行為をこなしただけだ。
それなのにどうして、と賢治は思う。どうして自分だけが凋落の憂き目に遭わねばならないのか。他の芸人BもCも、あの場にいたではないか。なぜ自分だけが貧乏くじを引かねばならなかったのか。その事件がニュースで放映されるのを聞くたびに、自分があんなにも羨望した“世間の注目”というものが、ひどく苦々しく感じられた。
鬱々とした気持ちは、賢治をリハビリから遠ざけた。それだけでなく、事務所が伝手のあるクリニック経由で斡旋してくれた、身の回りの世話をするサポーターにもきつく当たってしまっていた。なにより、一時とはいえ、自分は画面の向こう側で活躍するスターだったのだ、そこらの一般人とは違う、という傲慢さが、彼を周囲から孤立させていたのである。
どうせ今回のサポーターも長続きしないだろう、と賢治はひとりごちた。これまでのサポーター2名は男性だったが、今回は女性で、しかも点字でしか会話ができないという。目の見えない自分にとっては点字の練習にもなるが、やはり普通の介助者はもう自分の担当になるのを希望しないのだろう、と彼は薄々察するのだった。