小説

『夢の潮合い』あやこあにぃ(『天女伝説』(静岡県三保の松原))

 そうだった、今日って神事の日だっけ。
 静かだと思って向かった海岸がいたく騒がしく、一色大和(いっしきやまと)はハタと歩を止めた。準備に動き回っている神社の神主と氏子たちの目に触れないよう、そっと防風林の中へ分け入る。
 今日、二月十四日の深夜は、異世界への扉が開く神聖な日とされている。神様は海からやってくるという言い伝えによって神事は海岸で執り行われるため、近くの神社から道具が一式運ばれるのだ。
 毎年のことなのに、すっかり忘れて家からここまで歩いてきてしまった。散歩は諦めて帰ろうとした視線の先、松林に隠れるようにして小さな神社があるのが見える。社務所もない、小さな小さなお社だ。確か、今海岸に来ている神主や氏子の関係の神社の分社と聞いたことがある。
 ちょっと参っていこうかと、吸い寄せられるように鳥居をくぐり、幅二メートルほどの社の前で手を合わせた。
 ——つまらない人生が早く終わりますように。
 胸の中で唱えた願いは痛い中学生のようだったが、本気だった。
 どうしても将来に明るい展望を見出せず、自分がどうしたらいいかもわからない。その悩みは、高二になって進路調査が本格化してからますます深いものになった気がする。
 はあ、とため息をついて、パーカーのポケットに手を突っ込み、今しがた祈りを捧げた小さな社から踵を返す。
 と、
 わずか数メートル先の鳥居の向こうの景色が、ゆらりと揺れた気がした。
 ごしごしと袖口で目をこすると、
「?」
 鳥居のすぐ外に生えている松の木の下に、男が一人、しゃがみこんでいた。作業着のようなものの首元から、薄青色のマフラーがのぞいている。数秒して、男が立ち上がる。その弾みに、首からマフラーがほどけて地面に落ちた。そのまま男は、気づかずに歩き始める……。

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