小説

『再×n配達』秦大地(『走れメロス』)

 津島は逡巡した。自らの誓約を果たすため、今日こそは彼(か)の人に会わねばならなかった。すぐにでもこの場を発ち、自らの家へと帰り着かねばならなかった。
 津島にはビジネスはわからぬ。津島は大学生である。バイトはしていたが、好きな時にだけシフトを入れて、小遣いを稼ぐ程度だった。けれども、搾取や労働環境に対しては人一倍に敏感であった。ただでさえ宅配業者は忙しい。それなのに何度も同じ家を訪ね、何度も無駄足を踏まされるというのは、なんという労苦だろうか。
 津島は新小岩のアパートに一人で暮らしていた。木造の築三十五年のアパートには当然、宅配ボックスなどというハイカラな設備は付いていなかった。
 しかし、津島は買い物の大半を通販で済ませた。アマゾンのプライム会員になっていれば、日用品から大型家具まで、ポチッとするだけで翌日には手元に届いた。
 一週間ほど前、モバイルバッテリーを注文した。しかし、翌日に来たお急ぎ便を津島は受け取り損ねてしまった。理由は単純である。昼過ぎまで寝ていて、チャイムの音に気づかなかったのだ。日が傾き始めた頃にようやく玄関の戸を開け、津島は郵便受けに挟まった不在票に気づいた。
 津島はすぐさまQRコードを読み取って、再配達を依頼した。しかし、翌日もまた受け取り損ねた。そんなことを繰り返しているうちに、一週間が過ぎようとしていた。不在票に記されている保管期限はいよいよ明日に迫っていた。しかし、津島には確証があった。明日は必ず受け取れる。なにしろ明日は、丸一日休みなのである。
 しかし、一つだけ計算違いがあった。いや、それは津島の責任ではない。言ってみれば、事故のようなものである。夕方、家でゴロゴロしながらスマホをいじっていた津島のもとに、サークルの先輩――名を高橋という――から連絡が入った。飲み会の誘いである。
 無論、初めは断るつもりであった。津島には先約がある。今夜は依頼した再配達を受け取らねばならぬという、大きな使命があるのだ。
 しかし、高橋先輩のLINEには看過できない文言が記されていた。曰く、今日の飲み会には鳴海(なるみ)先輩も来るというのである。鳴海先輩は、津島がサークルに入ってすぐに心を奪われた相手である。いや、厳密に言うなら、鳴海先輩と親しくなりたいという思いからサークルに入ったというべきであろうか。

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