小説

『ごんの贈り物』yoko(『ごんぎつね』)

 母親の七回忌を終えた兵十は、華と言う心優しい妻ともうすぐ五歳になる息子と共に、慎ましくも幸せに暮らしていた。
 華が採って来る松茸はいつも立派で、珍しい山菜等も、村人からとても喜ばれた。兵十は小さいながらも自分の鰻屋を営んでいて、今では鰻取りの名人までになった。
 今日も息子の一(はじめ)は、いたずらばかりして華を困らせている。綯った縄を解いてみたり、舐めてみたり噛んでみたり。かと思えば、採って来たばかりの山菜を、囲炉裏に並べて遊んでみたりと、じっとはしていられない年頃らしい。鰻漁に忙しい兵十は、これら一の面倒事のほとんどを華に任せっきりにしていた。
「これ一、父さまが綯った縄をそんな風にしてはいけませんよ。山菜も大切な食べ物なのです、決して遊んではいけません。」
 華は優しく諭す様に一に言った。
 一はこくりと頷くとすぐさま大人しくなり、華の膝の上にちょこんと座った。
兵十は仕事が終わると、どれだけ疲れていても、一と一緒に風呂に入る事にしている。息子との貴重な時間なのだ。鰻のたれが付いた兵十の顔を、一はおどけた顔でなぞったり、いじってみたりする。昼間いたずらばかりしていた一も、この時間は一日で一番好きな楽しい時間な様だ。
 兵十が夕食後酒を飲み時たま気分がいい夜は、一を寝かしつけたりもする。そんな時に決まって一に話してあげる昔話は「ごんぎつね」だった。一はこのお話がお気に入りだけれど、いつも最後まで聞く事なく眠りに落ちてしまうから、まだ彼はこのお話の最後を知らないでいる。兵十は、この物語の悲しい結末を、息子が知らないままでいてくれたらいいのにと、そう願っていた。
 兵十は、息子の寝顔を見ながら、ごんを思い出す。
 ごんを忘れた事は一度もない。
あの日自分の腕の中で冷たくなっていくごんを、泣きながら強く抱きしめた事は決して忘れない。今でも栗を目にすると、胸が締め付けられる想いがして、口にする事も叶わない。
 兵十は母が死んだ事を、全てごんのせいにする事で悲しみから逃れようとしていた。あの時の兵十には、ごんの優しさに気付く余裕等、これっぽっちも用意されてはいなかった。
「ごん、許しておくれ・・・」

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