ぐっすりと眠る一の隣で、泣きながら寝言を言う兵十の姿に、華はいつも心を痛めていた。
華とは母が死んだ直後に出会った。
ある日の早朝、華は兵十が仕掛けた鰻の籠を眺めていた。その次の日もその又次の日も、華はただ川のほとりで一人、籠を眺め続けていた。兵十は華の存在に気付きながらも、鰻漁に心を集中させた。そんな日がしばらく続いた。
ある朝、鰻が大量に採れたので、兵十は勇気を振り絞って初めて華に話しかけてみた。
「あの・・・今日は鰻が沢山取れたのでお裾分けしましょう。」
これがきっかけとなり、二人は夫婦となった。
華は良く笑う気立ての良い娘だった。兵十もそのあったかい笑顔に救われ、日に日に元気を取り戻していった。
華は、ごんの母親の生まれ変わりなのだ・・・。
あの日、兵十の腕に包まれながら、ごんは神様にあるお願いをした。
「神様、どうか、どうかお願いです。兵十を幸せにしてあげてください。」
すると神様は
「ごん、お前の望みを叶えてやってもいい。だが、そうするとお前は、自分の母親との縁を断ち切った転生しか出来なくなってしまう。それでもいいのか?」
ごんは迷う事なく、ゆっくりと深く頷いて
「はい。」
神様はそうして、ごんの母親の生まれ変わりである華を、兵十の元へ送り届けた。ごんにとって自分の母親は愛情そのもの。即ち無償の愛を注いでくれる絶対的な存在だったから、その愛を今度は兵十にも注いであげたかったのだ。
ごんは兵十が華と夫婦になったのを見届けると、安らかに成仏し転生を待った。
華は、ごんから兵十への、最後の贈り物だったのだ。